■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2013年3月号
わが街 今昔 
■青葉区荏田町 大正時代末

 大正14年頃に発行された『山内名所・虚空蔵(こくぞう)山』と題した絵はがきの写真です。

 虚空蔵山(写真左)は、国道246号を江田駅から1qほど東京方面に向かった左手にありました。かつては、桜の名所として大勢の花見客で賑わった虚空蔵山、現在は「アルスあざみ野」という巨大なマンションが建っています。

 そのマンションの建設に先立って行われた調査で、縄文時代から近世にわたる沢山の遺跡が確認されました。中世の遺構から見つかった「烽火台(のろしだい)」と思われる跡は、『新編武蔵風土記』に記載された「敵見塚」と推定され、すぐ隣りにある荏田城跡との関係を伺わせます。 

 山頂の松の木の側に虚空蔵菩薩が祀られていたことが名前の由来。その祠の近くには鎌倉街道と思われる古道が通っていたそうです。菩薩は山のふもと、現在の自治会館前の墓地の片隅に祀られています。

 また、マンションとその裏を通る東名高速との間に、享保元年(1801)に阿波国から勧請されたという弘法大師の祠があります。柳の樹の下から湧きでた水で病人が平癒したという伝説から「柳水の弘法さま」、地元では「関根の大師さま」と呼ばれています。

 虚空蔵山の手前を早渕川が流れています。対岸の撮影地は現在の中川3丁目、サハラ美術館のあたりです。かつて、ここには大山街道が通っていました。ちょうど荏田宿に入る手前、江戸時代にここを通った旅人も、同じように虚空蔵山を眺めたのかと思うと感慨もひとしおです。


中川3丁目から早渕川をはさんで荏田町方面を望む



 

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