■ひろたりあん通信バックナンバー
▼2013年5月号
地名推理ファイル歴史探偵 高丸の地名推理ファイル」
■絹の道を往く 探訪編(鉄 町)Vol.6
 
文学碑を離れ、歩を進める。

 忘れていたが、『田園の憂鬱』の文学碑も水野平三郎の謝恩碑と同じく、市ヶ尾の金井石材店が施工されている。


T駅のミステリー!?

 五〇mほど歩くと、右手に中鉄村の名主、村田本家のお屋敷が見える。佐藤春夫が暮らした家は、村田家十四代目の信十郎という人がこの屋敷の下に建てた隠居所であった。

「佐藤春夫が聞いたという、庭の前の渠(みぞ)のせせらぎ…というのは、五箇村用水のことですね」

「ええ、三つの鉄村と大場、市が尾の五つの村に水を運んだ五箇村用水です」

 
道の右手には、道に沿うて一條の小渠があつた。道が大きく曲がれば、渠もそれについて大きく曲がつた。(略)幅六尺ほどのこの渠は、事実は田へ水を引くための灌漑(かんがい)であつたけれども、遠い山間から来た川上の水を引いたものだけに、その美しさは溪(たにがわ)と言ひたいやうな気がする。

「灌漑用水だということは誰かに聞いたのでしょう。でも、大きな勘違い。水を引いたのは遠い山間ではなく、ここから一キロほどしか離れていない、鶴見川の水ですからね」

「山からの水だと思えるほど清らかな流れだったということですよ」

「水の美しさに感動はしても、この用水が村の人たちにとって、どれほど大切なものだったのか…そこに思いを巡らすことはしない」

「宮澤さん。それは私たちだって同じですよ」

 江戸時代の初めに開削された用水は、暗渠となって今は道路の下を流れている。

「佐藤春夫が聞いた音で思い出したんですけど。彼は夜中に山の向こうを走る列車の音も聞いているんですよ」

 
南の丘の向う側の方を、KからHへ行く十時何分かの終列車が、月夜の世界の一角をとどろかせ、揺がせて通り過ぎた。その音が暫く聞かれた。

「横浜線ですよ。Kは小机でHは八王子じゃないですか」

「それは合っています。宅地開発が始まる前の美しが丘四丁目の高台から、溝の口を走る南武線の汽笛の音が聞こえた…という話を地元の人から聞いていたので、真夜中に横浜線の音がここまで聞こえるのも不思議じゃないと…そう思ったんですけど。その何ページかあとに不思議なことが書かれているんです。というより、不気味と言ったほうがいいかもしれません」

 そのシーンとは、こうだ。

 
それはよほどの夜中なので――時計は動いていないから時間は明確には解らないけれども、事実の十時六分?にТ駅を発して、直(す)ぐ、彼の家の向側を、一里ほど遠くに、丘越しに通り過ぎる筈の終列車にしてはそれは時間があまりに晩(おそ)すぎた。

「思い出しました。夜中に何度も聞こえたんですよね。でも、それは彼の幻聴だったんじゃないですか」

「ええ、幻聴です。それより、謎なのはT駅の方なんです」

「T駅…、横浜線なら十日市場駅ですねぇ。いや、待ってください。十日市場の駅の開業は最近じゃなかったですか?」

「昭和五十四年です。ですから、大正時代には十日市場に駅はありません。ちなみに、大正時代の初めは、東神奈川、小机、中山、長津田、原町田(現在の町田駅)、淵野辺、橋本、相原、八王子の九つの駅だけです」

「Tの付く駅はありませんねぇ」

「そうなんです。自分も最初十日市場の駅を思い浮かべたんです。一里(4q)という距離もぴったりですから。でも、大正時代にはまだ出来てないことに気がついて、急に背筋がゾーッと…」

「そうですか?それほど不気味とは思えませんが…」

「予知ですよ。六十三年後に十日市場に駅ができることを佐藤春夫は予知したに違いありません」

「・・・。あ、雨が降りそうですね。急ぎましょう」

「えっ!」

 予知という幼稚な推理に呆れてスタスタと歩き始める津屋さん。

鉄学校
「津屋さん、ちょっと待ってください。ここ、ここが…鉄小学校だったところです」

「くろがね青少年野外活動センター」と書かれた看板の横にあるなだらかな階段、その奥を指差しながら、慌てて呼び止める。

 明治六年四月、鉄・大場・黒須田・成合の四つの村を学区として、中鉄村に「鉄学舎」が設立された。その二年後、寺家・鴨志田村を学区に加え、現在「野外活動センター」になっている場所に校舎を新築、「鉄学校」と改名された。

横浜市で最も歴史のある小学校、現在の『横浜市立鉄小学校』である。 

 階段を上っていくと、当時の校門が出迎えてくれる。自分の通った小学校とはまったく違うはずなのに、タイムスリップしたような不思議な懐かしさがこみあげてくるのは、思い描く昔の小学校のイメージが、まさにこの情景だからに違いない。 校庭(だった場所)に足を踏み入れる。

「まわりに植えられたソメイヨシノが小学校の面影を残していますねぇ」と津屋さん。

「大正三年の御大典記念で、校庭の周囲と正門の両側に植えられたそうです」

「大正三年…、100歳ですか。佐藤春夫が鉄村に来たのは、桜が三歳の時ということになりますねぇ。見たんでしょうか?この桜たちを」

「さぁ、どうでしょう?一町ほどの上(かみ)にある村の小学校から朗らかなオルガンの音が聞こえた…とは書いてありましたが…。あ、それも幻聴でした」

「現実に聞こえたから書いたんでしょうね」

「桜に訊いてみますか?(笑)」

                                             高丸




 

 

■前に戻る■