■ひろたりあん通信バックナンバー
2013年9月号
わが街 今昔 
■青葉区市が尾町 昭和53年

 35年前の市が尾駅西口バスターミナル付近の写真です。この頃、市が尾駅の改札は西口のみにしかありませんでした。当然、ターミナルも西口にあり、中央の安全地帯をぐるりと回る小さなロータリーから発着していました。

 バスは、中山行きと桐蔭学園(柿生)行き、そして、横浜駅行きが二系統あったそうです。(現在は、市営、小田急、神奈中合わせて20系統以上。河口湖行きの富士急バスも発着しています) 

 写真右の「東急ドエル市ヶ尾プラーザビル」が建ったのは、田園都市線が開通した三年後の昭和44年。1階には東急バラエティストアが入っていました。(現フィット・ケア・デポ)。

 バラエティストアはこの写真の二年後に駅ビルに移転し、平成19年(2007)に撤退
その後「東急ストア」に変わりました。 その向かいにあった「ケンタッキーフライドチキン」は写真の翌年にオープン。(のち、神戸屋→現、京樽としぶそば) 

 駅前に見える「FUJIYA」の文字は靴屋さん(現、ドトール)です。その裏に建設中の建物は「国民銀行」(現、八千代銀行)。その向かいのビル、現在「横浜銀行」のある場所には「モリトシ」という店舗設計・施工の会社がありました。 

 プラーザビルの敷地にはマンション住民用のプールがありますが、ビルが出来た頃は、安全地帯の芝生の上で水着のまま日光浴をする方もいたそうです。

 「のどかな時代だったんですね」とは、プラーザビルが完成した当初から1階で寝具店を営まれている「ツタヤ」のご主人。

 駅前通りの先、鶴見川のほとりに「緑区役所北部支所」が開設したのは、空き地と駐車場ばかりが目立った西口にマンションが建ち並びはじめた昭和61年の11月3日のことです。

市が尾駅東口駅前バスターミナルより藤が丘方面を望む



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