| ■2004年青葉区小中高生ミュージカル 「こどもの国物語〜闇と光が出会うとき〜」 |
| 宮澤高広出没 「こどもの国で戦争を考える」の巻 |
子供の頃、近所のレンガ工場の敷地に防空壕があった。友達数人で懐中電灯片手に肝だめしをしながら闇の中に入っていったのを覚えている。あれから三十数年。再び防空壕の闇の中に足を踏み入れるとは・・・。![]()
多摩丘陵の軍事施設 来年一月公演される青葉小中高生ミュージカル「こどもの国物語〜闇と光が出会うとき〜」に出演する子供たちとともに「こどもの国」を訪れたのは10月10日の。
ここにあるのは防空壕だけではありません。休日ともなれば家族連れで賑わうこの子供たちの楽園には、いくつかの戦争の爪あとが残されていたのです。私たちは係員の方に園内を案内してもらいながら、戦争の歴史を学んできました。
学徒動員 当時十四歳から十五歳の中学生が学徒動員として、この工場で危険な弾薬を扱う作業に従事させられていました。男子生徒は寮生活をしながら、神奈川高等女学校(現神奈川学園)の女生徒はトラックや軍用線で通っていたそうです。
ここで作られた弾薬は、この軍用線(今のこどもの国線)で長津田に運ばれ、横浜線で橋本を経由して相模原の軍施設まで運ばれていたのです。その駅があったという正面広場の右側の小高い丘には、女子学生の休憩所がありました。現在、その丘に『平和の碑』が建っています。
平和の祈り そう記された碑は、動員学徒だった酒井智恵子さんが、当時の体験記「田奈の森」を出版され、その売り上げを費用にして神奈川学園の同窓生の手で建てられました。白百合が沢山咲いていたというこの丘には、今もその方々が集まって昔話をされているそうです。
弾薬庫
惨劇 昭和十九年の十二月、この広場で大きな事故が起きました。馬車から貨車に弾薬の積み下ろし作業をしていた時、誤って弾薬が爆発したのです。六人の人が亡くなり、たまたま通りかかった女子学生も、片足切断という重傷を負いました。その日は雪が降っていたそうで、白い雪の上は真っ赤に血で染まり、馬も人もバラバラにな りました。血は排水溝から奈良川に流れ込み、川は数日の間赤い色をしていたということです。
考える材料 案内してくださった秋山さんは、最後にこう締めくくられました。私も今回主観を挟まないで、また参加した子供たちからも意見を聞かず、見たまま聴いたままのことをここに書きました。考え判断するのは皆さんです。子供達もそれぞれの心の中に戦争に対する思いをめぐらしたことでしょう。
小中高生ミュージカル 「戦争はとにかく辛くって不幸でっていうのは嫌だったんです。戦時中っていうと悲惨さばかりが打ち出されるけど、実際はそんなに辛かったことばかりじゃない。楽しかったこともきっとあるはず」そう語るのは、今度の舞台で主人公ゆり役を演じる小畑明日香さん。脚本にも携わっています。 「今年は題材が題材なので、出演者全員の共通理解を深めていこうということで、その一環としてフィールドワークなども行っています」 今年は小学校四年生以上に絞り、人数を減らしました。高校生がリーダーシップをとって今まで以上に張り切って練習に取り組んでいます。 戦争を知らない子供たちと呼ばれた
こどもの国物語
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