| ■ひろたりあん通信バックナンバー |
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2010年6月号 「本を開けば世界が広がる」 心のアミューズメントパーク図書館活用法 |
| 歴史探偵出没 「開港資料館で地域に尽くすことを誓う」の巻 |
開港祭でにぎわう六月の初め、ここ大桟橋の袂にある開港資料館には、大勢の小学生が見学に訪れていた。![]() 一階展示室「開港への道〜世界史の中の日本」で、いきなり「黒船だぁ〜っ!」と、一人の男の子が叫ぶ。ペリーが乗ってきたサスケハナ号の模型に子どもたちがドッと押し寄せた。 おいおい、ここは幕末の下田かよ!大河ドラマ『龍馬伝』の人気は子どもにも浸透しているようだ。 おおっ!と、そんなことに感心している場合ではない。今日は常設展を見に来たのではなく、二階の企画展を見に来たのだ。現在、開港資料館では「地域メディアの誕生〜横浜・神奈川のオピニオンリーダーをめざして」という企画展が開催されている。 横浜貿易新聞 現在、神奈川県内の日刊紙で第四位の発行部数を誇る「神奈川新聞」。その前身である『横浜貿易新聞』の軌跡と功績が企画展示されているのだ。 横浜は日本近代新聞発祥の地。日本最初の日刊新聞『横浜毎日新聞』が東京に進出した11年後の明治二十三年に、生糸、絹織物、茶の相場など、貿易商組合の機関紙として発刊されたのが『横浜貿易新聞』。 その後、「横浜新報」と合併、名前も「横浜新報」「貿易新報」「横浜貿易新報」と改題し、戦時中の新聞統合の流れの中で「神奈川新聞」となった。 何を隠そう(隠してはいないが…) わが廣田新聞の創業者、作家「廣田花崖(かがい)」は、その横浜貿易新報社(当時の名称)の記者だったのである。 大正七年以降、執筆活動の傍ら通信部を開設して、横浜近郊の田園生活をつづった随筆や、都筑郡(横浜北部〜川崎市麻生区)の地域情報を取材して『横貿』の本社に送り続けていた。 その花崖に関する展示が今回の企画展で大きく扱われていると聞いて、開港資料館に足を運んだというわけだ。 粋だね〜! 展示室に入ると、明治三十九年発行の『横浜貿易新報・二千号記念号』 の巨大なパネルが目に飛び込んできた。
パネルには、関東大震災後に建てられた『横貿』の新社屋の写真と共に、廣田花崖が大きく掲示されていた。サイドカーに乗って颯爽と取材に向かう写真だ。思わず胸が熱くなる。 展示室で、まず目を惹いたのが、明治時代の新聞販売員のユニフォーム。揃いの法被(はっぴ)に猿股に足袋。頭にはガンダムのシャアが被っているヘルメットのような大きな三角形の笠を被っている。(ちょっと、違うか…?っていうか、わかりにくい説明だ) 絵はがきの複写というから、当時としては素晴らしく粋な格好だったのだろう?当時の法被も展示してあった。 が、またまた目を惹いたのが、その下に展示してある「新聞配達帳」だ。和綴じのA4版で、結構分厚い。現在廣田新聞で使っているようなものとは趣が違う。購読の記録が記されていて、当時、1ヶ月30銭から45銭で販売されていたことが分かる。 花崖の願い なかでも面白かったのは、自身の講演メモ。「モボ、モガ、マボ、エガ(マルクス・ボーイとエンゲルス・ガールのこと。社会主義に傾倒した若者のこと)、エロ、グロ」の文字が並ぶ。 (?)どうやら、当時の享楽的な都市文化を批判した講演だったらしい。 講演の最後に都会に出たがる農家の若い女性たちに「田舎に落ち着いてほしい」と訴えている。自給率の低下や耕作放棄地の増加など、現代の農業問題は、この頃すでに芽生えていたのだ。 田園をこよなく愛した花崖の切実な願いが、メモを見ただけでも読み取れる。
地域とともに! その後も、横浜美術展覧会などのイベントや新しくできた私鉄沿線の住宅地開発にともない掲載された「新住宅地十佳選投票」や県内の名勝史跡の人気投票などの記事が並ぶ。 当時の人々にとって、自分たちの街、自分たちの仲間(もしくは自分自身)が新聞に載るということは、この上もない喜びだったに違いない。 写真の人物の満面の笑顔がそれを物語っている。こうした地域に密着した記事が、発行部数増大につながったのだろう。 遠い見知らぬ国のニュースよりも、地元のニュース。新聞の原点は、そこにあったような気がする。 「ひろたりあん通信が青葉都筑のオピニオンリーダー」などと僭越な事は言わない。 でも、地域の皆さんに喜んでもらえる情報を、労を惜しまず拾い集めて記事にすることは、廣田花崖の意思を継ぐことだと自負している。 「サイドカーで颯爽と…」ならぬ、50ccバイクで飄々と。 地域のために今日も行く…だ。 ★ ★
レンガ造りのマンホールと下水管。 中庭の大きな「たまくすの木」。 その隣には、日本最初のガス灯。 (最近の子どもたちの中には、ガスを知らない子もいるという。なぜなら、自宅がオール電化だから…時代だね〜) 旧館には、薩英戦争を記念した銘板がさりげなく飾られていた。 この旧館には、訪れた子どもたちが必ず「すごーい!」と大騒ぎするモノがあるのだとか。 さて、何でしょう? (答えはダイヤル式のピンクの公衆電話)つい最近まで使っていたと思ったのに… 時代だね〜。
高丸 |
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