■バカの一つ覚え
行楽シーズン真っ盛りの秋たけなわ。紅葉を求めて西へ東へとたくさんのツアーがありますが、もちろんわがひろたりあん旅倶楽部も例外ではありません。「お前はこの時期は、バカの一つ覚えみたいに、紅葉のコースしか組めないのか」と相変わらず私のイヤミな上司からの攻撃も秋たけなわです。しかし長年の虐待の効果(?)か、「バカの一つ覚え」みたいな非常に単純な上司の思考回路くらいすでに見切ってしまっている私ですから、「秋は紅葉」以外にコースを作れと言われる前に、秋に相応しい企画を切り札として持っていたのです。それが今回ご紹介する「京都時代祭と鞍馬の火祭り」、これなら私が尊敬する(?)イヤミな上司にも納得してもらえるはず、…いやそんなこと絶対にないかな。
当日の朝、バスに乗り込むと「ひろたりあん旅倶楽部専属運転手」またの名を「歌う運転手」Kさんがいました。「今日はオレの舎弟を連れてきたんだよ」「?」実は長距離を移動するツアーの際は、安全上運転手さんは二名で乗務することになっているのです。心の底からKさんを師匠として崇めているもう一人の運転手さんは「カネゴン」という怪獣みたいな愛称で、社員さんはおろかお客様からも親しみを込めて呼ばれています。「Kさんと一緒ならどこへでもついて行きます」
■フェミニストのお寺?
愉快な仲間がまた一人増え、バスは東名高速、東名阪道、名阪国道をひた走り、最初の観光地、奈良県室生村の「室生寺」へ向かいました。女人禁制の高野山に対し、女人にも門戸を開いたとして「女人高野」と呼ばれる室生寺は、シャクナゲの名所としても親しまれる、真言宗の寺院です。杉や桧の巨樹古木が林立する山間に、平安時代に建立された金堂や、国宝の灌頂堂、重文の弥勒堂などの伽藍が点在する様子は、密教寺院としての風格が漂います。屋外の古塔としては最も小さい五重塔は平成十年九月の台風で大被害を受け、修復がすすめられています。
室生寺のあとはお隣の桜井市にある長谷寺へご案内しました。この長谷寺は別名「花のみてら」と呼ばれる名刹で、桜や牡丹で名高い観音霊場です。またどちらのお寺も紅葉の名所としても有名ですが、訪れたときはまだ紅葉には早く、十一月になると錦秋に相応しい風景に彩られることでしょう。
十月下旬にもなると陽が落ちるのが早くなり、天理市内を通過する頃には辺りも暗くなったので、急いで宿泊先のホテルへ向かいました。
■ショールームではありません
バスが到着したホテルは、以前お客様から好評をいただいた「ザ・リッツ・カールトン・大阪」、十八世紀の英国貴族の屋敷をイメージした作りで、映画のプロモーションの記者会見、大手化粧品会社や超有名ブランドのパーティーなども多く催され「一度は泊まってみたい」と思わせるホテルです。バスが到着した駐車場には、超高級外車がずらりと勢揃いしていて、「ここは外車のショールーム?」と、カーマニアでもあるK運転手がビックリしていました。二十四階以上に用意したお部屋からは大阪市内の眺望がとても素晴らしく、快適な滞在が約束されることは間違いないようです。
■釣鐘に叱られた?
二日目は京都の時代祭をご案内する予定でしたが、雨天のため翌日に順延となりました。最近「天候運」には恵まれないが「悪運」だけは本当に強いとお褒め(本当は皮肉)の言葉を頂くことが多い私ですが、この旅行でも私の悪運の強さが実証されることとは、まだ誰も知らないのです。
急遽行程を変更して比叡山・延暦寺へご案内しました。一九九四年に世界文化遺産として登録された比叡山は、伝教大師最澄が山上に草庵を結んでから約千二百年の時を越えて、今新たに脚光を浴びています。お客様は根本中堂を中心に自由参拝を楽しまれていました。荘厳な雰囲気な中、私は車内で「歌う運転手」Kさんが励む「ヴォイストレーニング」につきあわされていました。特注のサングラスをかけて、トレーニングに勤しんでいるKさんは、すっかり自己陶酔の態。聖なる比叡山での、こんな私たちの俗物ぶりに、近くの釣鐘から響きわたる鐘の音は「お前たちはここに何しにきたのだ」と私たちを叱っているかのようでした。
■古都、京都の香り
比叡山・延暦寺での参拝と精進料理の昼食を済ませて、午後は嵐山・嵯峨野の自由散策です。「おすすめの名所はないの?」とお客さまから尋ねられ、最初に訪ねたのが天龍寺です。ここは足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるために創建した禅寺で、京都五山の第一位の格式を持ちます。夢窓国師の曹源池を中心にした庭園は、建立当時の室町時代のままに残っていて、今頃だと紅葉が見事です。
その後、静寂の竹林の中を歩いて大河内山荘に案内しました。この大河内山荘は、今は亡き時代劇の名優、大河内伝次郎が映画出演料の大半をつぎ込み、約三十年かけて建てた別荘です。洛西の景色を望める約二万uの日本庭園には松、桜、楓などが植えられ、四季折々の表情を醸し出すその趣きは、まさに古都京都の香りがします。
散策後は保津川の流れと渡月橋を望む料亭での夕食を済ませ、「鞍馬の火祭り」が行われている鞍馬へ向かいました。
■救世主森本?
実はこの「鞍馬の火祭り」をご案内する際、とても心配していたことがあったのです。鞍馬への山道は大型バスは通行止め、唯一の交通手段が電車しかないのです。この電車も二両編成で単線を走るので、ピストン輸送しても十五分に一本が限界で、お祭りを目当て押し寄せる人波を円滑に輸送するのが難しいのです。事故防止のため警察から乗車制限(つまり電車を止める)されることも頻繁で、催行前に聞いた「パニックは避けられないのは、火祭りだけに火を見るより明らかだ」という地元の人からの情報に「うまい、座布団二枚!」なんて感心している場合はではありません。「あーあ。雨でも降って人の出足が減らないかな?」と一週間前からぼやき続けていたのですが、私の願いが天に通じたのか、それとも雨男の誉れ高い私自身が『低気圧』なのか、お祭り会場は雨。駅にたどり着くと改札口は特に混雑はなく、私の『悪運』がお客様をパニックから救ったとわけです。
叡山電車に乗り込み三十分後、鞍馬に到着。「鞍馬の火祭り」は京都三大奇祭の一つで、平安時代末期、祭神を京都御所から鞍馬の里に迎えた時のものを現代に伝えるお祭りです。点火された松明による火の舞は幻想的で、静寂なる鞍馬の里を火の海と化す祭典に、観客は皆酔いしれたのです。
■免れた「迷惑添乗員」
三日目は昨日の雨で順延となった京都時代祭のご観覧です。もし当日も雨だったら、昨夜せっかくお客様を救った(?)ことで喝采とともに受けた「名添乗員」なる称号が、「なん〜だ、やっぱり単なる雨男か」と白い目で睨まれ、一夜にして「迷惑添乗員」に落ちぶれてしまうわけです。その暴落ぶりはまさに今の日本経済に匹敵しますので、景気回復ともども、天候回復を一晩中祈りつづけたのです。
その甲斐あって、一夜明けるとまさにパーフェクトといえるほどの晴天、さんさんと降り注ぐ太陽と、澄み渡った青い空、時代祭を見学するには最高の天気でした。
京都時代祭は秋の都大路「激動の幕末」からページェントの幕が開きます。「ピーヒャララ、ラリ、ピーヒャラ、ラ、ラリ」と鼓笛を響かせ、整然と行進する維新勤王隊列を先頭に行列が続きます。江戸、安土、桃山、吉野、室町、鎌倉、藤原、延暦の各時代の人物が彩りを添えつつ、華やかなパレードを繰り広げる「時代祭」は京都三大祭のひとつです。明治二八年、平安遷都千百年に平安神宮が創建され、それを記念して始められました。総勢二千名(馬七十頭、牛二頭、馬車、牛車も含む)、総延長二キロにわたる行列の巡行は一大歴史風俗絵巻です。遠大なる日本の歴史が偲ばれ、その華やかさに魅了されてしまいます。私たちは京都御苑の観覧席で青空のもと、このお祭りを堪能したのでした。
■一番満足したのは?
約二時間の巡行も終わり、昼食を済ませて帰路に就きました。長距離の移動でお客様が退屈しないようにとの計らいで、またまたサービス精神旺盛な「歌う運転手」Kさんの登場。お客様の観光時間は、絶えずヴォイストレーニングを怠らないKさんの、絶え間ない努力を披露する時間となりました。バス車中は動くカラオケボックス、いや走るコンサート会場と化し、この日のためにと特注のサングラスをかけたKさんは、プロバンド時代の大ヒット曲を熱唱。お客様はいうまでもありませんが、この旅行で一番満足したのは、案外Kさんかもしれません。
(森 本)
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