■良心が許しません
今回は海外旅行、アメリカ初上陸です。同時多発テロの影響で、アメリカのイメージダウンは避けられず、日本人観光客が未だに敬遠している状況ですが、アメリカほどダイナミックな魅力を備える観光地はないと思っています。
某夜、「定例の打ち合わせ」と称し、取引先の方と新橋駅ガード下の赤ちょうちんで話していると「森本さんカリブ海はいいですよ。大型クルーズで周遊なんてどうですか。クルーズ船のセキュリティーの高さは、安全かつ安心を保障してくれます」とのご提案。さらに「今年の七月にドイツで完成した船での、カリブ海デビュークルーズなら打ってつけです」この船は「ブリリアンス・オブ・ザ・シーズ」といい、九万トンを超える超巨大船です。旅倶楽部でおなじみの「飛鳥」でさえ三万トンに満たない大きさで、そんな船での、ましてやデビュークルーズ…こんな素敵な企画を見逃すなんて、添乗員としての良心が許しません。
■私がテロリスト?
カリブ海といえばさんさんとふりそぐ太陽、そして澄み渡る青い空、透明度の高い海、まさに楽園、天国と言っても過言ではありません。
「年中頭の中が天国みたいなおまえが何言っているんだ。そんなに天国へ行きたきゃ、いつでも行かせてやるぞ」地獄の閻魔様のようなイヤミな上司から逃れるように、ご町内からバスで成田空港へ向かいました。いざ一路天国へ出陣、と言いたいところですが、手荷物検査場で職員に呼び出されてしまいました。「一体何が…」と駆けつけたところ、当旅倶楽部のお客様の手荷物の中から刃物が三丁、果物ナイフ、ハサミ、裁縫針など「凶器」がザックザク発見されたとのこと。「これじゃアメリカにケンカを売りにいくようなものですよ。添乗員さんしっかり指導してください」と叱られてしまいました。私は日本人の世の奥様方のほうがテロリストよりも数倍怖いことを、職業柄骨身に染みて知っていますが、それにしてものっけから人騒がせなことです。そんな奥様方をアメリカに連れて行く私こそ、ある意味でテロリストかも知れませんね。「あーあ、どうなることやら」一抹の不安を抱えた私と「爆弾」を乗せ、飛行機はアメリカへ飛び立ったのです。
■早速洗礼を受けました
十一時間後、テキサス州ヒューストンに到着。入国審査と乗り継ぎ手続を済ませ、マイアミ行きのゲートはどこ?、現地の空港職員に英語で尋ねたら「ワタシ、英語ワカリマセン」「?」どうみてもアメリカ人だし、よほど私の英語がヘタクソなのか…、すると間もなく彼は「日本語OKデス」しゃべれるなら最初からそう言え!「日本のミナサン、コンニチワ。ヒューストンへヨウコソ。ソレデハサヨウナラ」と言って去っていきました。入国早々アメリカンジョークの洗礼を受けた私でした。
日本から十四時間、やっとマイアミ国際空港に到着。すでに夜なのでホテルへ直行。翌日のクルーズ乗船に備え、飛行機での長時間の移動の疲れを癒します。ガイドさんは日本人女性。現地のランドオペレータの社長さんでもある、キャリアウーマンの象徴のような方で、ホテルのロビーでお客様のチェックイン見届けたあと、しばし情報交換をしました。「テロ以降、日本からのお客様がぱったり来なくなってしまいました。日本の旅行会社もアメリカを敬遠したりで、苦労しています。実際テロはここから飛行機で四時間のニューヨークのことですし、マイアミでは旱魃や、子供がワニの犠牲になるほうが深刻な問題なんです」とガイドさん「そうですね、私もテロよりも心配なのはあちらです」海外に来て浮かれ気分なのか、ロビーの周辺を声高らかにおしゃべりしながらうろつく数名の日本人女性は、もちろん当旅倶楽部のお客様です。
■超過勤務を確信
翌日はお昼前に出発。「ブリリアンス・オブ・ザ・シーズ」が停泊するマイアミ港に到着。
「ターミナルは大きなビルなんだね」
「いいえ、あれが今回乗船する船です」乗船手続後ガイドさんは「今回この船には日本語を話せるスタッフはおりません。
あとは全て森本さんにおまかせします。私は別の仕事がありますので失礼します」結局日本人のほとんどはわが旅倶楽部のお客様で、あとの乗客のほとんどは欧米人。間違いなく私の仕事量が、今まで以上に増えそうになることを確信しつつ、船はいつの間にかマイアミ港を出航し、アメリカ最南端の島「キーウェスト」へ向かいました。
■ライバルは「ラスベガス」
新造船「ブリリアンス・オブ・ザ・シーズ」に乗船した私たちですが、いきなりその広さにびっくり。船の中にいるとは思えないほどの大空間は、まさにケタ外れ。乗客や乗組員の国籍もさまざまで、人類のルツボともいわれるアメリカ合衆国を、そのまま巨大客船に押し込めたような感じがします。
今年七月の完成後、アラスカや地中海、エーゲ海そして北欧と処女航海を終え、カリブ海へやってきました。十一月から四月にかけて、カリブ海はベストシーズンなのです。船内は『移動するホテル』であり、ダイニングルームでのディナーや、ミュージカルをはじめとする質の高いエンターテイメント、ギャンブラーが胸ときめかせるカジノ(終日営業で、遊び放題、賭け放題、ご利用は計画的に)など、退屈とは無縁の空間。なにせ「ライバルはホテルではなく、『ラスベガス』」と豪語するほどなのです。
■天晴れ!大和撫子
翌日、アメリカ最南端の島「キーウェスト」に着岸。朝食をとりにビュッフェに行くと、すでに大勢の乗客が食事中でした。朝食は納豆、卵、海苔、味噌汁…であっさりと、という日本人の私から見ると、猛烈な勢いで平らげていく欧米人の食欲には「ついていけないな」と脱帽するのみ、彼らから見れば、私など「丸々太って美味そうな奴だなあ」と、涎を垂らす存在かもしれませんね。
また一人、フルーツやパンを大きなトレーからこぼれ落ちんばかりに、てんこ盛りにしている女性が…「さすが欧米人、女性でも食べる量はビッグサイズだな」と感心して(呆れて)いると、あれ、どこか見覚えのある顔…なんだ、わが旅倶楽部のお客様じゃないですか。
欧米に萎縮する情けない日本男性に一瞥をくれ、か弱き女性ながら「大和魂」を胸に、日本の威信を賭け、欧米人の超人的な食欲に、ただ一人立ち向かう孤高の大和撫子、その姿に私は「熱き感動」を覚え…はしませんでしたが、「物足りないので、おかわりを取ってきます」という台詞に、感心して(かなり呆れて)しまったのです。心強い日本熟年女性に、日本もまだ捨てたものでもないな、日本再生のカギは「女性力」かもしれないな、などと考えたのでした。
■「ブタよさらば」?
「老人と海」などで名高い作家、アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛したキーウェスト島の観光で忘れてならないのが、アメリカ最南端の『サザンモストポイント』、ここの碑の前で記念写真を撮るのが「お約束」。
実は本当の最南端は、隣接する米海軍基地内にあり、いわばここは一般人が訪れることが可能な最南端で、夕景の名所として有名です。
また島のオールドタウンでは、往時のたたずまいのままに、カラフルなバーやレストランなど、個性的な店が軒を連ね、扉を開けるとウイスキーグラス片手のヘミングウェイに出会えそうな気がします。私たちは、『コンク・ツアー・トレイン』という、蒸気機関車型のバスで、名所を巡りつつ、島内一周しました。
船に戻る前に「ヘミングウェイハウス」を訪れました。医師の家に生まれ、小さい頃から銃を手にしてハンティングを楽しみ、
スペイン独立戦争や第一次世界大戦に身を投じ、闘牛や釣りと三人の女性を愛し、最後には自ら銃で命を絶ったヘミングウェイは、「思い込んだら命がけ」冒険好きで情熱的、豪放かつ自由気ままに生きる、古きよき時代の典型的アメリカ人といえます。だからこそ現在でも愛されているのでしょう。
「ヘミングウェイハウス」は、高級リゾートホテルのロイヤルスイートルームのように、優雅で優しい雰囲気に包まれていました。「ここで名作『武器よさらば』が生まれたのか」と、しばし物思いにふけった私です。誰ですか「おまえの体型なら『武器…』ではなく『ブタよさらば』じゃないのか?」なんて意地悪なことを言うのは…。
■乗組員ではありません
夕刻キーウェストを後にして、メキシコのコスメル島へ向かいます。
この日のドレスコードはフォーマルで、当然、私はタキシード。ところが、船長主催のパーティー会場へ向かう途中、欧米人の乗客たちに「パーティー会場はどこか教えて」とか「写真を撮ってくれないか」とか、中には「部屋に氷がないから、持ってきて」とさまざまな要求を受けました。要するに私は、乗組員と間違えられたようです。
なにしろ航海中に通算三十人以上の人に声をかけられ、旅倶楽部のお客様もびっくり。「森本さん、あのアメリカ人知り合い?」「いいえ知りません」国籍不明人とよく言われる私ですが、今回はどこの国の人と間違われているのか…。
こんな話をイヤミな上司にしようものなら「下船せずに、乗組員として死ぬまで働いてろ」と言われかねません。次回からは間違えられないよう、タキシードでなく、羽織袴を着用しますか。
■どっちが可愛い?
いよいよ今回のツアーのハイライト、メキシコ・コスメル島に着岸。テンダーボートに乗ること四十分。ユカタン半島のプラヤ・デル・カルメンに到着。ここからバスで一時間走ると、マヤ文明発祥の地、古代都市遺跡で有名なトゥルムです。
トゥルム遺跡は十二世紀頃カリブ海に面して建設されたもので、かなり荒廃していますが、そのたたずまいが逆に、歴史の深さを感じさせてくれます。
私たちを出迎えてくれたのが、体長一mはある大きなイグアナ。「あら、このイグアナとても可愛いわ」テロよりも怖い存在の何かとお騒がせな奥様の声。いやな予感が…「森本さ〜ん。このイグアナを連れて帰ってもいい?」「そんなに可愛いですか?」「あーら、あなたよりはね」私とイグアナを比較しないで欲しいな。「イグアナは野生で生きるのが一番幸せだから、可愛いなら逃がしてあげたらどうでしょう?」「それもそうね、でも森本さんは逃がさないわよ、可愛くないから」「…」やれやれ、でもイグアナを船中に持ちこんだら、爆弾どころの騒ぎではなくなるかも、テロリストは身近にいるものなんですね。
私がイグアナ騒動に巻き込まれている間、他のお客様は遺跡の裏側に広がる紺碧のカリブ海をバックに、記念撮影をしたり、童心にもどったかのようにビーチではしゃいだりと、思う存分カリブ海を満喫してました。
■私もプレジデント?
バスでプラヤ・デル・カルメンに戻りショッピング。波止場で待機する私に、現地男性が声をかけてきました。(ここから英語)「日本から来たの?」「そうだよ」「ボクのガールフレンドはマユミって言うんだ。あとケイコ、そしてミユキもいたなあ。みんな日本人なんだよ」「もてるんだね。ちなみに君の名前は?」「日本の女の子は『スケベ番長』って呼ぶよ。ところで『スケベ番長』ってどういう意味?」私は「一番偉い人、だからプレジデント(大統領)」といい加減なことを言うと彼は上機嫌。「それじゃお互いにプレジデントだね。ははは」と笑って去っていきました。異国でも私のジョークが通用しました。「スケベ」呼ばわりされたのは遺憾ですが…。
日がどっぷりと暮れ、船はコスメルを後にして、二泊三日かけてマイアミへ戻ります。この日は、船内のイタリアンレストランで夕食。味は予想をはるかに超え、日本人好みの繊細な味付けにお客様は大満足。シックで落ちついた雰囲気とボーイさんたちのキメ細やかなサービス、そしてひろたりあん旅倶楽部ならではのアットホームな雰囲気で話もはずみ、ご満悦です。それにしても、カリブの豪華客船上で「ケーキが一番おいしいのはあざみ野の○○ね」「みすずが丘の××の方がおいしいわよ」「あーら、中川の△△のを食べたことないの?」と地元の話題で騒がしいのには、少し違和感がありますが。
■気づいて欲しいなあ
翌日は終日航海。例のお騒がせ夫人が「森本さんゆっくり休めるわね」いたわりだか、皮肉だか、判断しかねます。寄港地観光では、お客様の誘導、バスの手配、ガイドさんとの(英語での)打ち合わせ、にわか通訳、そして私が体型的に不得意とする灼熱の太陽との闘い…等々で、疲れていないといったら嘘になりますが、船内でも旅倶楽部のお客様による「テロ」防止のため、目を配らなければならないことを、このお騒がせ夫人こそ気づいて欲しいものです。
プール、エステ、マッサージ、カジノと、皆さん気ままな一日。中にはお腹が空いたらレストランへ行き、食べすぎてトイレへ直行し、すっきりしたらお部屋でお昼寝し、お腹が空いて目が覚めたらまたレストラン…と、動物的本能むき出しの方も見受けられました。まあそれが許されるのも船旅の魅力です。
■即離婚の危機!
終日航海日はあっという間に過ぎ、いよいよマイアミ港に着岸、下船です。マイアミ在住の日本人女性のガイドさんの案内で、マイアミ観光。彼女はアメリカ人男性と結婚し、十五年以上ここに住んでいます。「アメリカは男女平等で、個人主義の考えが徹底しています。自分のことは自分で責任を取るという風潮が根強いのです。男性も女性も仕事が終わると、真っ直ぐ家に帰り、一緒に家事をします。会社の仲間との飲み会はほとんどありません。あったとしてもすぐに切り上げます。二次会、三次会はもってのほか。家に帰ったご主人が奥様に『おい、メシ、風呂!』なんて言おうものなら即離婚です」それを聞いて、女性のお客様は唖然と「へ〜そうなの。早速帰国したらコキ使ってあげようかしら。ご主人たちが皆いっせいに渋い顔をされたのが、少しおかしかったです。
最後の夜はこの時期旬の味覚「クラブストーン」の夕食を堪能し、翌日の早朝、帰国の途につきました。
(森 本)
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