■ヒット商品を生み出す秘策
今回は久々の海外旅行です。半年前のニューヨークのあの痛ましい事件から海外旅行を敬遠するムードが漂っていましたが、ここ最近になってようやく回復の兆しが見えはじめてきたようです。
「旅行のコースはいつもどうやって企画しているの?」と、お客様からよく聞かれます。私が特別(というよりあんまり)頭脳明晰ではないということは、青葉区都筑区一帯では周知とされることで、机の前で綿密な計算をしつつ企画を立てることはありません(できません)。伝統的にわが社の社員は「他人のふんどし」を借りるのが上手といわれてますが、私もその良き伝統を大切に守る従順な社員として、情報と知恵は優秀な業者さんから拝借させていただくことにしているのです。その中でも特に素晴らしいアイデアをもつ関係者と「定例の打合わせ」と称し、新橋駅のガード下の赤ちょうちんまで出向いています。わがイヤミな上司から「それって単なる飲み会じゃないのか」と言われますが、あらゆる「夜の打ち合わせ会」皆勤賞の彼に言われる筋合いはありません。
わが上司の仕事の活力源はアフターファイブにあるようです。彼の理屈では「残業」だそうですが、その場での目の輝き具合を見れば、勤務時間内の仕事に対しても、情熱を同じように注いでくれたらと思うほどです。「お客様に喜んでもらうための『残業』を、単なる飲み会呼ばわりされるのですか?」上司からはグウの音も出ません。それにあの天才アルキメデスも、お風呂でリラックスしているときに「三平方の定理」を発見したそうで、ヒット商品を作る秘訣は、リラックスできる時間と他人の知恵にあります。
■女性ガイド、サイさんの法則
当日はお客様を各配車場所からご案内し、成田空港から一路七時間の空の旅、夕刻シンガポールに到着。
「あーあ、シンガポールはさぞかし暑いだろうな」と体型的(?)に暑いのが苦手な私としては少々憂鬱気味でしたが、その予想を裏切ることなく出迎えてくれたのは、現地の女性ガイドのサイさんと灼熱の太陽でした。
今夜の宿泊先は、空港から約二十分の「ザ・リッツ・カールトン・ミレニア・シンガポール」「このホテルは三十七階建、屋根も高いけど、お値段も高いよ」サイさんのシンガポール流(?)のジョーク。「でもこのホテルはまだまし。近くのラッフルズホテルは屋根は低いけど値段が高い。私少々矛盾を感じます」といささか不満顔。どうやら彼女自身の法則では、建物の高さと値段は正比例しなければいけないようです。
夕食はシンガポール名物の一つである「スチームボード」、日本風にいえば「海鮮しゃぶしゃぶ」でしょうか、たらふく食べて翌日からのクルーズに備えます。
■清潔好きな神様?
翌日はクルーズ乗船前にシンガポールの市内観光。エリザベスウォークでバスを降りてマーライオンを表敬訪問した後、チャイナタウンを訪れました。高度経済成長の波に乗り「アジアの奇跡」と謳われたシンガポールは、
見事に近代化された街の中に、混沌とした古き良き東南アジアの空気をどこか残しています。そんな古いシンガポールの風景が現在も生き永らえている代表的な観光地がこのチャイナタウンで、ほかにも「リトル・インディア」や「アラブ・ストリート」など多国籍民族の集合体であるシンガポールの魅力を体験できる場所がありますが、船の出航時間の関係上割愛しました。
私たちが訪ねたのはこのチャイナタウンのランドマーク、シンガポール最古のヒンズー教寺院『スリ・マリ・アマン寺院』。「靴を脱いでお入りください」とサイさん。拝観は自由ですが、神聖なる寺院内なので土足は厳禁。ヒンズー教の神様は清潔好きなのかな?民族の数だけ神様もいるものだとつくづく感じました。
■「豚肉ガーデン」とは?
シンガポールの国花がランだって知っていますか?そのランが咲き乱れる植物園を訪れました。「この植物園は英語でボタニックガーデンといいます。『豚肉ガーデン』と覚えたらすぐわかるよ」一行から一斉に笑い声が起こります。ガイドのサイさんは日本人を笑わせるツボをよく心得ているようです。「日本へ行ったことはありません。日本語学校で勉強しました。お父さんは中国の福建省生まれ、お母さんはマレーシア生まれ。私は生まれも育ちもシンガポールです」きっと勉強熱心なんでしょうね。
さて、飲茶の昼食後は、いよいよ待望の七万六千トンを誇る巨大クルーズ客船「スーパースターヴァーゴ」の乗船です。
■大義名分があります
いよいよ「スーパースターヴァーゴ」に乗船です。ミニスカートから真っ直ぐな長い足を伸ばす、とてもセクシーな外国人女性クルーと記念撮影をした後、七層もある大きな吹き抜けのロビーでウエルカムシャンパンの歓迎を受けます。ライブバンドが私たちの期待を増幅します。「スーパースターヴァーゴ」は外見や構造は昨年添乗した「スーパースターレオ」全く同じですが、ギリシャをイメージした内装が特徴的です。乗客も前回は中国の方が圧倒的に多かったのですが、今回は乗客二千人の内、日本人が百六十人(関西の方が圧倒的に多い)、その他欧米人やインド人、シンガポール人、マレーシア人など、かなりインターナショナルな雰囲気です。
船内をうろうろしている間、いつのまにか船は桟橋から離れていました。クルーズを楽しむコツは客室にこもらず、船内新聞などでどこで何をやっているかを把握することだと思います。私も夕食前にチェック。深夜の十二時からの「セクシーショー」が妙に気になって仕方ありませんでした。「十八歳未満の方はご遠慮ください」というコメントが私の好奇心を一層掻き立て、旅行記のネタ作りのため(?)という大義名分に後押しされ、早速二十五ドルの追加料金を払って予約を入れました。
お楽しみは後に残し、お客様と一緒にクルーズ最初の夕食。せっかくの機会だからと、乗客定員二千名に対し、わずか三十二席しかない、人気のイタリアンレストランを案内しました。マネージャーに「今日のお薦めの料理は何?」と尋ねると「前菜はダチョウ、メインディシュはクロコダイル(つまりワニ)のソテー」との答え。好奇心が旺盛の割には気の弱い私は、せっかくのご好意を丁重に断りました。店内はルノアール、マチス、ゴッホの名画に囲まれ、食器は「ジャンニ・ヴェルサーチ」と、ゴージャスなしつらえ。非日常を味わうには最高の演出でした。
■ご利用は計画的に
夕食後はやっぱりカジノ。スロットマシーンやルーレット、ブラックジャック…ギャンブラーにとっては胸がときめく場所です。私も百ドルまで損をしてもいいだろうと心に決め、スロットマシーンとルーレットに挑みます。「おい、それは仕事なのか?」いつも「馬はロマンだ」と言いつつ、欲丸出しで不毛な投資を続けるわが上司のイヤミが、遠くから響いてきます。「何を抜かす、オレの一番のギャンブルは、おまえを部下としていることじゃないか」もちろんすべて無視。
前回「無欲の勝利」を得た私も、今回は少し欲が出たのか、結果は百ドルどころか二百ドル損の惨敗。でもお客様に楽しんでいただこうと、カジノでの遊び方を自ら勉強するための、必要な経費ではないでしょうか。もっとも私の献身的犠牲を、わが上司が経費として認めるとは思えませんが…。皆様もカジノのご利用は計画的に…。
■経費にしてくれないかな?
いよいよ「セクシーショー」の時間がやってまいりました。胸をときめかせる私の前に現れたダンサーは、乗船時に一緒に記念撮影をした、ミニスカート姿の女性クルー達です。当然超軽装(この意味わかりますよね)でのお出まし。詳細は割愛しますが、とても刺激的なショーでした。それにしても「セクシーショー」の追加料金も経費にはできないのだろうな?
■ホントに外国?
翌日は正午まで自由行動、朝食を摂りにビュッフェにいくと、フィリピン人クルーの女性が「お客さんオレンジジュースいらへん」と変な関西弁で声をかけてきました。彼女は以前滋賀県に住んでいて日本語(関西弁)を多少話せるとのこと。「ひらがな、カタカナは読めるけど漢字は読めへん」難しい日本語を読み書きできる私たち日本人は、結構優秀なのかな?別れ際に「まいどおおきに」と言われた私は「ここはホントに外国か?」不思議な気分に駆られたのでした。
船は定刻の正午にマレーシア最大の島「ランカウィ島」に着岸。日本語ガイドの方が港で待ちうけていました。この方は三年ほど日本に留学した経験の持ち主。流暢な日本語で私たちのガイドを心良く引きうけてくれた好青年です。「ランカウィ島」はマレー語で「鷲と大理石の島」といわれるほど野鳥の鷲が飛び交い、島の公園には大きな鷲の像が聳えたっていました。島の産業は大理石と観光、日本人にも人気のリゾートアイランドです。四時間の観光を済ませば、翌日はタイのプーケット島に上陸します。
■名物ははジャンボピーマン?
翌日、船はプーケット島に到着しました。プーケット島は昔、サイやトラといった野生動物がたくさん生息していました。現在ではこれらの動物を見ることはできませんが、雄大な自然はそのまま残っています。東南アジアにまだ「リゾート」という言葉が定着していなかった頃から
「アンダマン海の真珠」という美しい呼び名とともに多くの人に知られたこの島は、現在タイ隋一のビーチリゾート地となっています。
私たち一行はテンダーボートで、プーケット最大のパドンビーチに渡り、バスで島隋一の景勝地、プロンテプ岬、そして島で最も信仰をを集めているシャロン寺院(タイ仏教寺院)を訪れました。「プーケット島名物のお土産屋さんに連れていくよ」と言うガイドさんについていくと、目指すお店の軒先には大きなピーマンの置物がありました。「へー、プーケット島の名物はジャンボピーマンなんだ」と私がいうと、すかさずガイドさんが「これはピーマンじゃないよ。これはカシューナッツ工場です」つまらないところで恥をかいてしまった私。わがイヤミな上司なら「添乗員失格!本当にお前の頭はピーマン(つまり頭の中は空っぽ)だな」と言うのでしょうね。
■薬味の正体は?
昼食はビュッフェスタイルのタイ料理。見た感じいかにも辛そうな料理のオンパレード。名物の「トム・ヤン・クン」(エビの辛酸っぱいスープ)を取り、薬味だと思って青いねぎみたいなものを大量にこのスープの中に入れて食べてみたら、三十数年生きてきて今までに経験したことのない辛さ、薬味の正体は青唐辛子でした。口の中はゴジラが炎を噴くような感じで、涙が止まらず、ピーマンみたいな私の頭が簡単に破裂しそうでした。でも辛いものは脂肪を燃やす働きがあるといわれ、痩身効果はバッチリのはずですが。
夕方船に戻り客室に入ると、キャビンスチュワードが「おかえり、プーケットは楽しかったかい?」(英語です)と笑み浮かべながら清掃をしていました。スーパースターヴァーゴのクルーたちはまさに多国籍軍団、その国籍は約三十か国。私の部屋の担当の彼はインドネシア人です。船内の公用語は英語ですが、お国の言語をお互いに教えあうことで、コミュニケーションが図られるのだそうです。早速私も彼からインドネシア語の挨拶を教えてもらいました。ちなみにインドネシアでは「おはようございます」を「セラマット・パギ」と言うそうです。私もヘタクソながらも日本語の挨拶の言葉を教えました。え、このインドネシア人とは何語で話したのかって?当然英語です。私のヘタクソな日本語とメチャクチャな英語のチャンポンでも、意思の疎通を図ろうという熱意があれば案外通じるものです。この交流のせいか、あるいはチップのせいか、次の日からのパーフェクトといえる清掃ぶりにはびっくりしました。
■去年の使いまわし?
この日の夕食はクルーズ旅行のハイライトである「ガラ・ディナー」(フォーマルディナー)です。乗客がロビーに集まり、自然と周りの人と打ち解けた和やかな雰囲気となりました。私たちもインドの民族衣装に身をまとった女性たちと仲良くなり、言葉は通じなくても自然とコミュニケーションがとれるのもクルーズの大きな魅力で、通常の海外旅行では味わえない醍醐味でしょう。華やかなガラ・ディナーのクライマックスは恒例の「ベイクド・アラスカ」です。線香花火を少しだけ派手にしたような花火を立てたケーキを持った数十人のウエイターが、会場を回りますが、そのチカチカとした光と、(ケーキだけに)景気のよい音に(「このダジャレは去年のクルーズ体験記でも使ったろうが」と上司「スミマセン」)自然発生的に拍手喝采がまきおこるのです。
■勉強熱心な私
クルーズ最後の夜はまたまたカジノ。好奇心旺盛で勉強熱心な私は、お客様に楽しんでいただこうとの理由で、今夜もカジノでの正しい遊び方を夜更けまで勉強しました。結局、勉強のために投資した総額は四百ドルとなりました、あーあ。
翌日、シンガポール十九時着までは自由行動。私は食べ過ぎ(朝から深夜まで食事が用意されてそれもタダ)を反省して、朝からジムでシェイプアップに励みましたが、効果は今ひとつ。昨日の青唐辛子でさえ、私の体型の「頑固さ」には降参したようです。
船は定刻通りにシンガポール港に着岸。私たち一行は一路空港へ向かい、帰路に就きました。
(森 本)
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