■ひろたりあん通信旅行版
6月12日〜6月14日
   「おけさの佐渡大満喫の旅」
■私はカバじゃないんだから…
 今回は「おけさの島」佐渡のご案内です。知名度抜群なのに関東からはなかなか行きにくい佐渡島、そのベストシーズンは六月だとの情報を得ての企画です。

 当日は関越道、上信越道を経由して、直江津港から佐渡汽船のカーフェリーにバスごと乗船。海上はとても穏やかで、快適な二時間半の船旅を楽しみました。「運がいいとイルカも見れますよ」とフェリー乗員のコメント。佐渡の玄関口の一つ、小木港に近づくと、イルカではなく飛び魚の群れが私たちを出迎えてくれました。島の人のみならず魚たちまでが歓迎してくれるとは、佐渡島は観光客に優しい島のようです。

写真  フェリーは静かに小木港に着岸。私たち一行は早速小木名物の観光用のたらい舟を体験しました。「森本さんと一緒にたらい舟に乗ると沈没するわよ」と誰も私とは同乗してくれません。「森本さんと一緒に心中したくないわよ」お客様に嫌われた私は、結局カメラマンとして岸で待機です。

 たらい舟は地元では「ハンギリ」と呼ばれ、アワビやサザエなどの磯漁には欠かせません。ここでは観光客が自分で漕ぐ練習コースがあり、私も以前体験したのですが、このたらい舟はなかなか人間の言うことを聞いてくれません。「重心をとりながら、8の字をかくように舵をあやつって」と教えられてもなかなか前に進まないのです。合格者は「免状」がもらえるそうですが、もちろん私は不合格でした。ところでこの観光用のたらい舟の総重量は五百キロだそうで、私は象やカバじゃないんだから沈没するわけないでしょ。

■なんて薄情な私でしょう
 たらい舟乗り場をあとにして、宿泊先の旅館にチェックイン。温泉で疲れを癒したあとはお待ちかねの夕食です。お膳には飛び魚のお刺身が、「この季節は飛び魚が美味しいんですよ」と仲居さんの太鼓判付きです。さっきフェリーで見た飛び魚たちが、さらにこんな形で歓迎してくれるとは…、自分の命までも捧げてお客様をもてなす飛び魚がとてもいとおしく感じられ、お刺身に箸をつけることができなくなりました。もっともそれも一瞬のことで、食欲に負けて、結局は全部たいらげた薄情な私です、合掌。

■アンタッチャブルな国
 翌日は佐渡島内の一周観光です。案内してくれるのは、容姿も声も女優の中村玉緒さんに似ている現地ガイドさんで、佐渡のことなら何でもおまかせの大ベテランです。全国どこへ行ってもあることですが、今回もガイドさんに「ひろたりあん」ってどういう意味?との疑問を与えてしまいました。しかしこっちも慣れたもの、例によってウケ狙いで「おばたりあん旅倶楽部だと世間体が悪いから会社名の『廣田』を使っているんです」と答えると、彼女は「じゃあ次はこのお店に立寄るのが一番ふさわしいかもね」「?」バスが停まったのは、米どころ佐渡の代表的な蔵元「尾畑(おばた)酒造」さんでした(笑)。

写真  「尾畑酒造」がある真野町は「アルコール共和国」として独立宣言をしたユニークな町です。ちなみにこの国の元首(ボス)はアル・カポネで、「密造酒」が経済を支えるアンタッチャブルな国という演出なのでしょうか。その代表的蔵元「尾畑酒造」の銘柄は「真野鶴」全国新酒鑑評会金賞を連続受賞した大吟醸は、東京や大阪の一流ホテルからの注文も多いそうです。あまりお酒を買わない私もつい奮発、一本五千円もしましたが、貧乏性の私が三日で空けてしまうくらい美味しいお酒は、アンタッチャブルな味がしました(冗談です)。おけさの島佐渡は、おさけの島でもあったのです(お粗末)。

■恩返しをしろよ!
 次に訪れたのは佐渡ゆかりの事物に出会える面白ミュージアム「佐渡歴史伝説館」。順徳上皇や日蓮上人、世阿弥らなど、時の政争に敗れた政治犯や思想犯が佐渡へ島流しされましたが、その悲劇や島の伝説などを、最新技術を使い、情景として再現しています。特に興味深かったのが、佐渡おけさの「おけさ」の語源がわかる「おけさ伝説」。これは左前になった飼主の窮状に心痛めた猫が「ケサ」という可憐な乙女に変身し、斬新な唄や踊りで客を集め店を再建させたという、いわば「猫の恩返し」のお話。そういえば「鶴の恩返し」も佐渡生まれの民話だそうで、昨夜の飛び魚も含め、佐渡の動物たちはなんて献身的なんでしょう。「おまえも少しは動物たちを見習え!それとも佐渡出張所を作って島流しにしようか!」遠くから聞こえる声の主はイヤミな上司、私に恩返しを強要しているのでしょうか? 

■お金が拾えるかも
写真  佐渡のシンボルといえば国際保護鳥「ニッポニア・ニッポン」トキ。次に訪れたのがそのトキのいるトキの森公園です。トキは、オレンジがかったピンク色の美しい鳥で、先日NHKの「プロジェクトX」で、トキの保護に人生を賭けた人たちを取り上げていました。古来トキは幸せを運んでくるといわれる鳥で、番組内で中国のおじさんが幸せ体験を語っていました。でも「トキを見た後、街でお金を拾ったんだよ」という答に笑ってしまったのは私だけだったでしょうか。日本産のトキは絶滅しましたが、中国から贈られたトキのつがいから、次々と雛が産まれています。トキを見た私も、お金を拾えるかもしれません(もちろん警察に届けますが)。

 次に昼食を兼ねて佐渡能楽の里を見学。佐渡と能楽の関係は、能の大成者・世阿弥が佐渡に流されたことが発端となっていますが、むしろ江戸幕府の天領になった際、初代佐渡奉行に任命された大久保石見守長安が元能楽師という異色な経歴の持主だったことが、佐渡に能楽が根付く直接の要因だったようです。現在でも農家の人たちが、畑仕事で謡曲を口ずさむほど能が盛んで、能舞台は全島で三十六ヶ所、これほど庶民の生活の中に浸透している土地柄は、全国でも珍しいそうです。  能楽の里では能楽堂で、コンピュータ制御された十八体のロボットよる「道成寺」の上演が毎日行われています。

■訪れない幸せ
 今回はお客様にゆっくりと尾瀬を満喫していただくために早朝出発。渋滞に巻き込まれまいと、後続馬に追われる逃げ馬のように、バスに鞭打って、ようやく関越道にたどり着き一安心したところ、突然の雨の洗礼。お米の雨(ライスシャワー…そういえばそんな名前の名馬がいました)なら、私たちに対する祝福となりますが、本物の雨は私たちに対する試練でしょうか、雑談していたお客様の声がピタッと止み、急に静まりかえったのは何故でしょう?実はこの日、関東一円は雨模様、横浜でもかなりまとまった雨が降ったようです。

写真  午後は秘境と呼ばれる大野亀へのご案内。佐渡能楽の里がある両津市からバスで二時間弱、山道、坂道、峠道の連続でところによっては砂利道も残り、島人でも近寄りがたいところだと肌で実感しました。なるほど罪人を島流しにするにはもってこいのところですね。大野亀は佐渡島最北端に位置する、高さ約百七十メートルの一枚岩で、好天なら鳥海山や月山まで見える絶景地。佐渡には大野亀の他、二ツ亀、赤亀など亀のつく岩が多くありますが、この亀とはアイヌ語のカムイ(神様)が語源となっているそうです。そのせいかどうか、大野亀の頂上には石灯籠があり、海の守り神の竜神様が祀られています。本来なら黄色いカンゾウの花が咲き乱れている時期なのですが、今年の異常気象のせいで開花が五月中旬だったそうで残念です。トキを見た私なのに、なかなか幸運が訪れないのはなぜでしょう。「あのトキは中国産の末裔だから、日本語がわからないのかな」それにしても竜神様からも見捨てられたみたいです。しかし天候に恵まれたのでよしとしましょうか。

■見ないで!
 旅館のある相川町へ戻る途中ガイドさんが「とっておきの観光スポットをご案内しましょう」バスが停まったのは海府大橋のたもとです。この橋が完成するまでは、佐渡島最大の難所と言われた大野亀までの陸路はなく、舟で渡るしか方法はありませんでした。橋から下を見下ろすと百m余りの断崖に海に落ち込む大瀑布がありました。その壮大な観望にお客様は大歓声。なのに私は根っからの高所恐怖症で下を見る余裕などありません。私の弱点を知っているお客様から「森本さんが渡ると橋が揺れるから急いだほうがいいわよ」頑丈な鉄橋なのに「ああそうなのか。早く渡らなくちゃ」とジョークに反応できないほど、狼狽した姿を披露してしまいました。  旅館に到着し疲れを温泉で癒したあとはお待ちかねの夕食。今夜も夏の佐渡の味覚オンパレードでイカソーメンやサザエ、アワビ、甘エビなど超新鮮な海の幸。ご飯も佐渡の山並みの伏流水で育つ極上のコシヒカリ。「あらやだこんなにたくさん食べて太ってしまったらどうしましょう」そう言った後、私の体型に目をやるのはやめてほしいなあ。そうやって与えられるストレスが、私の体型を膨張させてしまうのです(言い訳かな)。

■食べ尽くしちゃったのかも
 最終日は、佐渡観光の定番佐渡金山を見学してから、大佐渡スカイライン経由で両津港へ向かいました。大佐渡山脈の尾根を縦走するこの山岳道路は、三六〇度のパノラマで佐渡島を一望できます。途中標高千m近くの高原でカンゾウが咲き乱れているのを発見。すかさずバスを停め記念撮影。最後の最後でトキは幸せを運んできてくれたようです。あとはお金を拾うだけ?  昼食後、カーフェリーに乗り込み佐渡島を後にしました。来島する者にはやさしいのに去る者には冷たいのか、熱烈歓迎してくれた飛魚は現れませんでした。もっとも食いしん坊集団との誉れ高い我々一行が、食べ尽くしちゃったのかもしれません。

                                   (森 本)
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