■涼しさを求めて
体型的に(?)暑さが苦手な私は、涼しいところを求めることには人一倍敏感で、今回は涼しさを求めて北海道へ行きました。このデフレの時代、旅行業界も低価格傾向となり、関東近郊の温泉宿に泊まるよりも北海道へ行った方が安いという逆転現象が起こっているのは周知の事実です。私のような一般庶民でも気軽に北海道旅行に行けることは大歓迎ですが、ただ情報があまりにも氾濫して、どこもかしこも似たようなコースばかり。そうなってくるとどこの旅行会社のツアーが一番安いかの、素人にはなかなか判断がつきかねます。何もかもオプション、オプションで、後で計算したら、かなり割高だったなんてことも珍しくありません。
各地の経済や文化を見て共に共感するという本来の「観光」の原点に立ち、その上でお手頃でなおかつ斬新なアイデアで、ただしマニアック路線には走らない北海道旅行を私なりに考えたら「北海道二大名湯とクルーズ客船『飛鳥』の旅」という企画ができあがりました。もっとも「涼しさ」が一番の決め手でしたが…。
■裏切られない予感
当日は朝六時に出発し、羽田空港から航空機で一路函館空港へ。九時前には現地入りし、早速午前中の観光として大沼公園へ向かいました。ここは大正四年(一九一五年)に新日本三景に選ばれタ観光名所です。優美な馬のカタチをしている標高一一三三mの駒ケ岳を背景に、大沼、小沼、じゅんさい沼を中心に変化に富んだ北海道らしい風景を楽しむことができます。 早速私はお客様と一緒にモーターボートに乗り込み、水面から大沼公園周辺のパノラマと、心地よい風、美味しい空気を満喫。天候にも恵まれ、幸先のよい爽やかなひとときでした。
そろそろお腹が空いてきたので、急ぐように函館市内へ戻り、函館で最も古い老舗レストラン明治十二年創業の『五島軒本店』へ。地元では天皇皇后陛下も絶賛したというカレー屋さんとして有名ですが、私たちは洋食のセットメニューを選びました。お味の方は上々、今回の五日間の北海道旅行は食事には裏切られない予感がしました。
食後は運動を兼ねて元町の散策。函館山のふもとから海に向かって延びる元町は、エキゾチックな空気が漂っています。元町の坂上から函館の街が一望でき、澄み渡った北海道の青い空が私たち一行を歓迎しているような気がします。
元町散策のあとはベイエリアへ。かつては国際貿易港として、また北海道の玄関口として繁栄を謳歌した函館港。現在は昔の姿を変えぬままに観光地に変身しています。レトロな異国情緒に溢れたベイエリアで、お客様は早くも北海道のお土産探しに余念がありませんでした。
朝早い出発でしたので、一日目の宿である函館市内の端、湯の川温泉の「啄木亭」に早々と入りました。一息ついて、早めの夕食をとったあと、途中の渋滞を見越して、これも早めに函館山の夜景観賞へご案内しました。函館山へ向かう途中、津軽海峡にたくさんの漁火が浮かんでいました。バスガイドさんが「函館といったらイカ。今がイカ漁の最盛期ですよ」と教えてくれました。更に彼女はイカ漁についてこと細かく教えてくれ、なんだか函館のイカの宣伝ウーマンのようで少し笑ってしまいました。「今の漁火は蛍光灯ですが、一般家庭の千倍の明るさなんですよ」「なぜこんな明るい漁火が必要なの?」「漁火に近寄ってくるのはイカではなく、エサのプランクトンなんです。それにつられてイカが群がってくるのよ。世のおとうさんたちと同じように、明るいネオンとエサ(この意味わかります?)が大好きでしょ」車内は大爆笑。「夜の打ち合わせ皆勤賞」のわがイヤミな上司が「社命に関わる大事な商談がある」と言っては、連日繁華街に繰り出す姿を思い浮かべると、彼の前世はスルメイカ(ただし生の)だったのかも知れませんね。そろそろ枯れて干物にでもなれば、味も出るのになあ。
■頑張ってくださいね
函館山から見る夜景は世界の三大夜景の一つに数えられ、香港・イタリアのナポリと匹敵するほどと言われています。流れるような光の曲線の美しさは宝石箱をちりばめたようなまばゆい輝きが一面に広がっていました。北海道の不況は深刻だそうですが、街の灯が減らないよう、政治家の先生たちには頑張っていただきたいものです。
函館山をあとにして、宿へ戻る途中、登り車線は観光バスで大渋滞。「彼らは恐らく徹夜組でしょうね」と私たちは涼しい顔して下山しました。
■牛じゃないんだから
湯の川温泉でゆっくり旅の疲れを癒した私たちの二日目は、函館朝市から始まりました。朝市はもともと市役所の裏で近郊の農家の主婦たちが野菜を売っていたのが始まりです。現在地に移転してから魚介類も加わり、いまではすっかり観光地として定着しました。もう新鮮な食材がよりどりみどり。しかし、どうして北海道の自然の恵みって、人間の食欲を刺激するのでしょう(それとも私だけ?)、さっきホテルで朝食をとったばかりというのに、もうお腹の虫が駄々をこね始めているのです。
気がつくと、誘惑に負けた(というより自らすすんで負けた?)私は市場内の食堂の椅子に腰をおろしています。店内には著名人の色紙や写真が、壁や天井にところ狭しと貼られていて、ますます期待が高まります。私が注文したのはミックス丼(二千百円也)、ご飯が見えないくらいにカニやウニ、イクラ、ホタテがてんこ盛りされ、今日一日の私の幸せな気分を約束してくれたのでした。
食堂から出るとお客様とばったり。「あら森本さん、あなたいくつ胃袋があるの?」とあきれ顔。私は牛じゃないんだから四つも五つもあるわけないでしょ。
■元は山の唄? 江差追分
函館を後にして、向かったのは江差。かつて北前船の往来やニシン漁で栄華をきわめた道内最古の港町です。まずご案内したのは江差追分全国大会の歴代名人の唄が聞ける、江差追分会館での実演です。江差追分は信州の馬子たちによって唄われていた馬子唄(信濃追分)が越後に伝わり、蹄の音が波の音に変化するなど、山の唄が海の唄に転化して、北前船によって蝦夷地に伝わったあと、辺境地の哀調が加わって成立したとされています。日本の民謡の王様といわれる情緒豊かな江差追分は、聞き応えはばっちりです。
昼食は二百年余の歴史を持つかつての鰊御殿「横山家」で名物のニシンそば。味は京風の薄口でした。もっともニシンそばは京都発祥の料理ですから当たり前ですか?横山家のご主人の話はユーモアたっぷりで、北海道の歴史と人情に浸るひとときを過ごしたのです。
■クマと目を合わせたら?
「北海道と言えば熊ですが、もし皆さんが熊と出くわしたらどうしますか?」バスガイドさんの質問に、当然返ってくる答えは「死んだフリをする」ですが、「実際死んだフリをして死にかけた人がいましたよ」車中は「もし熊と出くわしたら」というテーマでヒートアップ。「目を合わせたら襲われる」とか「熊退治には唐辛子の入ったスプレーを目に向けて振りかけた方がいい」「その前に熊と出くわしたら、そんな冷静にスプレーなんかかけられるのか?」等いろんな意見が飛び交い、そうこうしているうちにバスは休憩場所の昭和新山の駐車場に着きました。バスを降りると目の前の看板に「熊牧場入口」とありました。先ほどの答えを解明するために、早速熊牧場に入場した私たちが見た驚くべき光景とは…、目を合わせると熊は何と突然踊り始めたのです。係の人にいわく「エサ欲しさに自己アピールするんですよ。我々がしつけたわけではないのですが…」
確かに踊る熊のほかにも手を振る熊や、礼儀正しく合掌する熊もいます。結局熊対策の解答を自力で導き出すことはできませんでした。正解は「熊の目から視線をそらさずに、ゆっくりと後ずさりをして逃げる」だそうです。
その後洞爺湖展望台と中山峠に寄って、夕方過ぎに定山渓温泉に到着。北海道の山海の幸満載な夕食に舌鼓みを打ち、大きな浴場で疲れを癒しました。お風呂では童心に戻って泳いだ方もいたそうです。
■旅はまだまだ続きます
三日目はゆっくり出発。最初に札幌市内の大通公園の前でバスを停めて、自由散策。札幌を象徴する時計台やテレビ塔に登って、札幌市内と石狩平野の眺望を楽しんだりしました。
昼食は小樽市内の寿司屋通りの中でもピカ一の「なか一」(ダジャレ?)さんでの寿司会席。ここのご主人は「TVチャンピオン・全国寿司職人選手権大会」二連勝の腕前で、味はもとより、色彩、所作、すべて満足させてくれたのは言うまでもありません。
小樽は今回最後の観光地なので、お土産購入に皆さん余念がありませんでした。いよいよバス出発の時間となり帰路に就きました…と、普通はここで同行記が終了するのですが『移動』までも旅の楽しみにしてしまうのがひろたりあん旅倶楽部のモットー。バスガイドさん達と小樽港で別れ、いよいよ『飛鳥』での二泊三日の航海が始まります。
■生活感の発生源??
「飛鳥」に乗船した私たちは、セイルアウェイ(出港)パーティまで、一旦客室に入りました。その間私は何をしていたかというと、コインランドリーで「お洗濯」。身軽に行動できるように荷物を少なめにしてきたので、洗濯をしないと明日着る物がありません。クルーズに限らず、非日常を楽しむのが旅行なのに、そこに生活感を漂わせてしまう私を「貧乏性」なんて叱らないでください。私にとって旅行は仕事、生活の一部なのです。
いよいよ横浜に向けて航海が始まりました。まずは自己紹介をしたあと、船内での快適な過ごし方についてのオリエンテーションを行い、三十分かけて船内見学というスケジュール。途中、昨年香港・ベトナムクルーズでご一緒したお客様から「明日はドレスコードがフォーマルだけれども、森本さんはまた無難にスーツなの?」と厳しいご指摘。仕事とはいえ「生活感の発生源」として、他のお客様の興を醒めさせるのは忍びないと悩むサービス精神旺盛な私は「今回は任せてください、バッチリきめますから」「欽ちゃんの仮装大賞にならなければいいわね」「…」
■「切実に」気になる…
クルーズ初日のドレスコードはカジュアル。サービス精神の鬼と化した私は「欽ちゃんの仮装大賞・1番、成金の中国系シンガポール人」と勝手に称し、シンガポールの民族衣装をアレンジしたシャツでのお披露目です。この衣装に注目したのがフィリピン人クルーたち。日本人乗客しかいないのを知っていながら、私に英語で話かけるのですから…。中にはタガログ語で話かけてきた人もいて、私はどこの人に見えたのでしょうか。確かに、海外では国籍不明人扱いされることが多いのは認めますが、まさか日本船でも謎の人物扱いされるとは…、心境は少々複雑です。
この日の夕食はフランス料理のフルコース。メニューを見ると、因縁の「体重が少し気になる方のメニュー」がありました。昨年の「横浜ゆったりワンナイトクルーズ」では、このメニューの存在のせいで、私の体重を酒の肴にされてしまいました。今回もそうなるかな、とお客様の様子を伺うと、特に変わったところはありません。でも今回のお客様はなんて寛容なんだ、と感激した私がバカでした、あとから聞くと「体重がかなり気になる方のメニュー」あるいは「体重が切実に気になる方のメニュー」でないと話のネタにはならない、というオチが案の定ありました。
■誤解しないでくださいね
夕食後はマジックショーを交えたプロダクションショーを楽しみ、
その後はディスコタイム、一時高校生達にブームを巻き起こした「パラパラ」を年甲斐もなく踊り、宴は深夜まで及びました。
翌日は終日航海日で船内イベントは盛りたくさん、朝食後はオープンブリッジ、つまり船の司令塔の操縦室に行きました。船長のよもやま話に皆さんの耳は釘付け。船旅で必ず話題になるのがハリウッド映画「タイタニック」ですが、上映後、アメリカではクルーズ旅行が大ブレイクしたのに対し、日本人では逆にキャンセルが増えたそうです。「どうも日本の方には船旅に対する誤解があるようです」と船長。船の航行は今だ羅針盤を頼りにしているとか、海洋民族らしからぬ偏見が根付いているそうです。実際の航行にはアメリカ空軍の衛星を利用したナビゲーションを使っているんですが…。
その後はビンゴゲームやパネルトーク、昼食後は歌手の佐々木襄さんのコーラス教室、ラウンジでコンサートを楽しみながらアフタヌーンティーでおしゃべり、とイベントがめじろ押し。もちろん参加しないでゆっくり過ごすもよし。
■アンパンマンの七五三!
そうしているうちにあっという間に夕食の時間。この日のドレスコードはセミフォーマルで、
当夜の私のサービスは、なんとタキシードデビュー、題して「欽ちゃんの仮装大賞・2番アンパンマンの七五三!」です。「やっぱり国籍不明ね」という声の中、調子に乗ってお客様たちと記念撮影。私の捨て身のサービスに、いくらか満足いただけたようで、その後は話が盛り上がり、ツアー最終日に相応しい楽しい時間を共有できたのです。
翌日定刻の午前十時に横浜港に着岸。「せめてあと二日は乗っていたかったわ」とすっかり飛鳥の虜になってしまわれたようでした。
ひろたりあん旅倶楽部ではクルーズの楽しさを、多くの方と分かち合おうと、十二月に「飛鳥」クリスマスワンナイトクルーズを催行します(詳細は下記の広告を)。特に独身の方、海上に浮かぶ宝石と化す「飛鳥」から、光溢れる街の夜景を眺めてのプロポーズは、最高の演出となることでしょう。ただし、それでも彼女に振られたら、よくよく縁がなかったと諦めてくださいね(責任回避?)。
(森 本)
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