■期待に腹がふくらむ?
今年最初の宿泊旅行は、毎年恒例の「伊勢神宮」と「豊川稲荷」への初詣です。「一生に一度はお伊勢さんへ」江戸庶民が願望したお伊勢参りは、庶民の旅行の原点ともいえます。東海道を徒歩で旅した時代に比べ、現在では交通網が発達し、首都圏からでも一泊あれば、かなりゆとりのあるお伊勢参りができるなんて、江戸時代の人から見たらビックリするでしょうね。
伊勢神宮のある伊勢志摩の魅力は、なんと言っても海の幸がとても豊富なこと。「美味しい食事にありつけるかも」という期待に胸をふくらませるのは、食いしん坊集団を自認するひろたりあん旅倶楽部なら当然です。だれですか?おまえは胸ではなく腹をふくらませているじゃないか、なんて意地悪言うのは。
■商売繁盛祈願の本音は…
バスは東名道を西へとひた走り、豊川稲荷に到着。豊川稲荷は、商売繁盛にご利益があるということで庶民の信仰を集める曹洞宗のお寺(妙厳寺)で、五百六十年もの歴史があります。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの武人からも信仰を集めていました。私も旅倶楽部の商売繁盛はもちろん、世のすべての商売が繁盛するよう祈願しました。「おまえは、なんて心が広いんだ」と誉めて欲しいところですが、世の中が不景気だと旅行業界は深刻なダメージを受けるわけで、私のお給料も深刻なダメージを受けかねない、それをお稲荷さまのお力添えで救って欲しい…というのが本音です。
再び東名に戻ると渋滞に巻き込まれ、次の案内地「伊良湖フラワーパーク」の到着が遅れたため、せっかくの花園をただ眺めただけ…というあわただしさで、伊勢湾フェリー乗り場へ急行し、何とかギリギリでフェリーの時間に間に合いました。
ここまでくれば慌てる必要はありません。船が到着する鳥羽港からホテルまで一時間もかからずに到着。お客様は夕食前、お部屋の窓から、的矢湾に沈む夕日に見入ったり、大浴場で旅の疲れを癒したりと、思い思いに過ごしていました。
■バチがあたりました
翌日は晴天に恵まれました。伊勢神宮・内宮へご案内する途中「今日はお天気がよいので伊勢志摩スカイラインを経由して行きましょう」とご案内。途中朝熊山山頂にて休憩。風が少し強かったものの、天気がいいので、眼下に伊勢湾や伊勢の街並み、リアス式海岸などの雄大なパノラマに大満足。伊勢神宮の神のご加護があるせいか、おだやかで平和に満ち溢れていました。
伊勢志摩スカイラインをおりるとすぐ伊勢神宮・内宮です。三連休の日曜日で道路は大渋滞にもかかわらず、巻き込まれずにすんだ理由は、意外にもこの伊勢志摩スカイラインが渋滞の抜け道だったからで、大渋滞の乗用車を横目で見ながらバスは駐車場へ。「私たちの普段の行いがいいからスムーズにいけるのよね」「誰のお陰でもありません。お客様おひとり、おひとりをお世話している私のお陰です」「何言ってるの、前はあなたが添乗するたびに雨が降って『雨男』とか『迷惑添乗員』なんて呼ばれていたの、忘れてないわよ」すると急に車内がざわざわ、私の顔を横目でちらちら…皆さんが私の忌まわしい過去を思い出してしまったようです。神聖な伊勢神宮で不遜なことを言うと、このようなバチがあたるのです。
伊勢神宮内宮は古来"お伊勢さん"の名で親しまれてきましたが、風流な宇治橋を渡れば、そこは樹齢八百年もの神宮杉に包まれた聖地で、「お伊勢さん」なんて気軽に呼べない荘厳な雰囲気があります。ここでは不浄だらけの私の身も引き締まります。ただ、残念ながら肉は引き締まりませんでしたが…。
■私の「体型」にご利益が
参拝後は、おはらい町・おかげ横丁で自由時間。銘菓の老舗やお食事処、お土産物屋が軒を連ね、明治の街並の風情を復元したこの街並は必見です。私は旅行記のネタ作り(?)のため、試食に専念します。炭火焼のいい匂いにつられ、干物屋さんの前に立つと「添乗員さん、食べていきなよ」とさんまの干物を一本まるごといただきました。「うわぁ、美味しい!」と褒めると「そうかいじゃキスの丸干しもあるよ」とこれまた一本まるごと「おたくの干物はとっても美味しいね」すると「添乗員さん恰幅がいいからこれもサービス」と結局炭焼きのさんまとキスの丸干し三本ずついただき、何も買わずに他のお店へ向かいました。
こんな「体型」でもたまにはご利益があるものです。
その後夫婦岩をご案内して旅は終了、あとは来た道を横浜まで引き返します。バスの走行中は例の漫談CD(オリコン第八位にチャートインしました)と定番のビデオでしっかり笑っていただき、ちょうど終了した時に渋滞二十キロ。しかし思っていたよりも車の流れがよく、到着予定時刻に無事終了しました。
(森 本)
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