■ひろたりあん通信旅行版
10月17日〜10月19日
   「紅葉と温泉をめぐる東北、佐渡島」
■お土産の恨み?
 今回は一年ぶりの佐渡島です。今年の夏は、やれ東北の三大祭り、やれ立山黒部アルペンルート、あげくの果てにアラスカクルーズでほとんど会社に不在の状態。「おい、部外者は入っちゃいかん!」久しぶりに出勤すると、イヤミな上司からキツイ一言。「そんなことを言わないでくださいよ」すると「おまえがいると、部屋の温度が三度ぐらい上昇して暑苦しい!」とにべもありません。今年は冷夏と言われ涼しいと思われたのですが、私にとってはいろんな意味で暑い夏には変わりなかったのです。そこで、十月になりようやく暑さが一段落着いたところで、佐渡島へご案内しました。

写真  当日バスに乗り込もうとすると、なにやら危険な空気を察知しました。「あら森本さん、一ヶ月ぶりね。あなたアラスカに行っていたそうね」案の定、私に毒を吐きかけることが生き甲斐の、悪魔のようなバスガイドさんが。「うん、鬼がいない間に、命の洗濯をしてきた」挨拶代わりに軽くジャブを放つと、彼女の形相はいきなり「鬼」に変貌しました。「当然アラスカのお土産は買ってきたわよね」「ううん、買ってない」「そう、覚悟はできてるでしょうね」とニヤリ。私の身体は、アラスカのメンデンホール氷河に降りた時以上に震え始めたのです。

■昼寝でもしてなさい
 バスは一度東京都内を抜けて、関越、上信越道をひた走り、長野市内のホテルで昼食をとったあと、お昼過ぎに直江津港に到着しました。直江津港から佐渡の小木港までは、カーフェリーのほかに快速船ジェットフォイルが就航しています。お客様と添乗員の私は、時速八十キロのジェットフォイルでいち早く佐渡入りしますが、バスはゆっくりとフェリーで後を追いかけます。所要時間は私たちが一時間なのに対して、フェリーは二時間以上かかります。

「森本さん、私を置いていくのね」ジェットフォイルに大型バスを積み込むわけにはいきません。「あなたがいない二時間二十分を、私はいったいどう過ごしたらいいの?」一見愛しい人に対する思いのたけ…と勘違いしそうな言葉ですが、彼女の怖さは私が一番知っているます。「昼寝でもしてたら?じゃあ出港時間だから」「こらー森本待てー、太い身体して逃げ足が早いんだから」そりゃイヤミな上司と意地悪なバスガイドさんに鍛えられれば、逃げ足が早くなるのは当然です。

 意地悪ガイドさんから逃げるがごとく、ジェットフォイルは猛スピードで佐渡島の小木港を一路目指したのです。

写真■一攫千金の夢
 佐渡島に降り立った私たち、鬼のようなガイドさんとバスが回送している間は「鬼のいぬ間の洗濯」タイムです。洗濯→たらい…という連想からではありませんが、小木港名物のたらい舟を体験しました。昨年、「森本さんと一緒にたらい舟に乗ると沈没するわよ」とからかわれた私でしたが、今回も当然私にお誘いの声はかかりません。観光用のたらい舟の総重量は五百キロなのに…。バスガイドさんなら、ご一緒してくれたでしょうか?

 たらい舟体験のあとは、西三川ゴールドパークで砂金採り体験。佐渡最古の金の採掘は、現在まで千年以上もこの河原で行なわれていました。川底の砂利を皿ですくい、水の中でゆすりながら砂利を洗い流すと、比重の重い砂金が最後に皿底に残るという寸法。早速私も試してみましたが、根気がない性分なので一回やっただけでおしまい。でもお客様の方たちは一攫千金を夢見てか、かなり熱中していたようです。

 ようやくフェリーで後を追っかけてきたバスと合流し、宿泊先の相川温泉のホテルに到着。露天風呂から眺める夕日が絶景ですが、青空にもかかわらず、水平線のはるかかなたはすっぽりと雲に覆われていました。

■鷺は鷺でも…
 二日目はホテルをゆっくり出発。午前中はトキの森公園にご案内しました。車中では昨日の恨み(?)をはらすかのような、バスガイドさんのマイク攻撃です。「田んぼにいるのが白鷺です。一見トキのようにも見えますが、白鷺とトキの違いはお分かりですか」「?」例えていうと白鷺が私ならトキは森本さん。つまり足が長くて体型がすらっとしているのが私で、足が短くてお腹が突き出ているのが森本さん」車内は爆笑の渦、このガイドさんは言葉巧みにお客様をたぶらかす知能犯です。

 トキの森公園に入り望遠鏡で観察すると。確かに白鷺よりもトキの方が短足でお腹がぷっくり出ています。反論できない私に、隣にいた彼女は勝ち誇った顔を向けています。もっとも彼女は鷺は鷺でも、舌先で他人をたぶらかす「サギ」ではないかと思うのですが…。

写真■能楽のふるさと 佐渡
 トキの森公園をあとにした私たち一行は、次に佐渡能楽の里に立寄りました。佐渡は、他の地方では見られないほど、能楽が庶民の生活の中に浸透している土地柄で、かつては農民達が畑仕事で謡曲を口ずさむのが、ごく当たり前の光景だったといいます。

 能の大成者・世阿弥が、永亨六年(一四三四)に佐渡へ流されたことや、佐渡の初代奉行・大久保石見守長安が、能楽者出身であったことなどが、佐渡を日本有数の能楽の盛んな土地に変える、そのきっかけになったようです。それは、現在でも廃ることなく、佐渡には、三十以上もの能舞台が残っていて、これは日本全国の能舞台の三分の一にあたるそうです。この能楽の里では、能に関する資料や、ハイテクロボットによる演能(娘道成寺のダイジェスト)を見ることができます。

■証明されました
 一時間程見学したあとは、皆さんお待ちかねの昼食を済ませ、佐渡の歴史や伝説を紹介している佐渡歴史伝説館へご案内しました。ここでは歴史コーナーと伝説コーナーに分かれていて、歴史コーナーでは日蓮聖人、順徳上皇、世阿弥といった佐渡にゆかりのある人物が八百年前の歴史を再現。伝説コーナーではおじいさん、おばあさんロボットが語り部として民話を語り、見ごたえ充分な施設です。

 佐渡は見学場所から次の見学場所までが近く、十五〜二十分程度の距離しかバスに乗らないので、乗ったり降りたりで意外と忙しく、佐渡歴史伝説館から次の立ち寄り場所までも、五分程度です。

 その立ち寄り場所は「尾畑(おばた)酒造」さんで、妙齢?のご婦人がたをご案内するには、ちょっぴり勇気が必要な名前の造り酒屋です。「ちょっと私に対してのイヤミなの?『おばたりあん酒造』なんて!」と、案の定、私に難癖をつける、意地悪バスガイドさん。「何バカを言っているんだよ」こんな台詞が、他の「お嬢様(みのもんた風?)」がたの耳に入ったら、暴動が起きないともかぎりません。「ここが佐渡で一番有名な酒蔵だから寄ったの!」この尾畑酒造さんの大吟醸は、全国新酒鑑評会にて金賞を受賞。更に、少量限定の皇室献上酒の超特選大吟醸(一本二万四千円・税別)もあって、日本はおろかエールフランス航空のファーストクラス専用機内酒にも採用されています。お客様が試飲され評判は上々。一本五千円する金賞受賞の大吟醸が飛ぶように売れたとのこと。ガイドさんにイヤミをいうつもりで、尾畑酒造さんに立寄ったのではないことが、証明されました。

写真■天罰が下った?
 午後の観光のハイライトは尖閣湾遊覧船です。「私がご案内します」と意気揚々のバスガイドさんお客様は「あらガイドさんも一緒に来てくれるの?嬉しいわ」でも彼女が遊覧船に乗る目的の第一は、私へのイジメに違いありません。ところが、さっきまではとても穏やかだった日本海が急に荒れ始め、無常にも遊覧船は荒波の中を突き進むように出航しました。当然船内は、揺れに揺れまくって、まるでジェットコースターに乗っているようです。虎視眈々と私の隙を狙っていたはずのガイドさんが「あれ?お地蔵さんのように固まってる!」どうやら彼女は船酔いにかかってしまったようです。天罰といいますか、どうやら天に、日頃の行いを見透かされたようです。他のお客様は、皆さん元気でした。

 早めに宿入りゆっくりと温泉につかり夕食は日本海のおいしい海の幸を満喫。夜は佐渡おけさの民謡ショーで盛りあがっていました。

■私も無宿人?
 最終の三日目、フェリーの出発は一時前なので、それまで佐渡金山へご案内しました。徳川幕府三百年の財政を支えた佐渡金山。当時の坑道がそのまま見学コースになっている「宗太夫坑」では、金採掘の様子や金鉱脈の発見を祝う伝統行事「やわらぎ」の様子を、コンピュータ制御の人形が再現していました。また金山展示資料館では、佐渡小判や実際に触れる金塊が展示されていました。金山の採掘は、無限に湧き出る地下水との戦いだったそうで、江戸時代には何の罪もない無宿人が狩り出されて、水替人足として悲しく苦しい一生を捧げたそうです。私も旅から旅へと飛びまわる「無宿人」みたいなもので、たまに会社に戻ればイ、ヤミな上司に「どちら様?」扱いされる身、彼らの悲しみが身に染みるわけです。

 佐渡金山から両津市のフェリーターミナルまでは、カーブや急勾配が多い大佐渡スカイラインを通りました。一気に標高千mまで上りきるのですが、頂上にたどり着くと佐渡が一望でき、素晴らしい景観を楽しみました。

 両津でイカソーメンの昼食、その足でフェリーに乗り込み一路新潟港へ。下船後は関越道をひた走り帰路に就きました。
▼2003・8・30〜9・7へ

■前に戻る■