■ひろたりあん通信旅行版
4月16日〜4月18日
   「四国Vルート 清流四万十川・足摺岬・こんぴら参り」
■ノーベル賞を目指します
 今回は四国です。十五年前に瀬戸大橋が開通して、本州と陸続きになった四国ですが、それでも首都圏の人間にとっては遠く、なかなか足を延ばしにくい地域です。その四国の良さを一番感じていただけるのはなんといっても春です。二年前の三月初旬に「あったか四国」というタイトルで一足早い春を…との思いで集客したはいいものの、当時添乗員にはあるまじき「雨男」の汚名を着せられていた私は、四国に四十年ぶりに雪を降らせるという偉業を達成し、参加されたお客様から「さすがですね」と感心とも皮肉ともとれるお言葉を頂戴する始末で、十分に四国を満喫できませんでした。そこで今回は万全を期して、雪の降る可能性が皆無に近い四月に設定。これで万が一にも雪にあたれば、私は旱魃に悩む砂漠に大雨を降らすという社会貢献で、ノーベル賞を目指す道を歩み始めるつもりです。

■長寿自治体の証明
 各集合場所を回ってからバスで羽田空港へ向かい、そこから愛媛県の松山空港へひとっ飛び。「ひろたりあんの旅行にはときどき参加してますが、実は私飛行機に乗るのがはじめてなのです」この男性、今年で御年九十才。統計的には全国有数の長寿の自治体青葉区を、証明するかのようなお方です。話を詳しく伺ってみると、戦争中は軍隊に取られ、中国本土や海南島、さらにはマレーシアやシンガポールまで行かれたそうです。「ちなみにその時の交通手段は…」「当然船でいきました」その瞬間、反射的に豪華客船「飛鳥」でのクルーズ旅行をお奨めしようと考えた私は、兼務している営業マンの鑑ともいえますが、さすがそれはヤボというもの、思いとどまった次第です。

写真  松山空港で地元のバスガイドさんのお出迎えを受けた後、最初に訪れたのは松山城です。松山城は姫路城や和歌山城と並ぶ、連立式平山城の一つとして有名です。「雨男」との汚名も今は昔、今回も天気には最高に恵まれ、天守閣からは松山市内はおろか、瀬戸内海や遠くは四国の最高峰、石鎚連峰が見渡せました。公園内の八重桜もちょうど満開で、ゆったりと散策を楽しみました。

 松山市内を後にして、四国の西側を縦断するかたちで高知県へ向かいます。「実は私はよく雨女とよく言われるのです」ときまり悪そうに話すのはバスガイドさんです。お客様方は「そんなことないでしょう?」ガイドさんは「本当に雨女っていわれるんです」彼女の告白が真実であるなら、同じ旅行業界人として同情を禁じえません。「名物添乗員」ならぬ「迷惑添乗員」と呼ばれ続けた私だけに、彼女の苦悩?がわかるのです。

■ここだけの秘密
 高速道路と国道をひた走ること約二時間、宇和島市内に入りました。ここで皆さんお待ちかねの昼食です。二年前宇和島で食べたお昼ご飯の美味しさが忘れられず、当然ここでの昼食は私の独断により宇和島名物の鯛めし。同じ鯛めしでも松山と宇和島では調理方法が全然異なるそうで、松山はご飯と一緒に鯛を丸ごと炊きあげるのですが、宇和島の鯛めしは、だしが入ったたまり醤油につけた鯛の刺身をご飯にのせ、お茶漬けのように食べる漁師料理です。お客様も四国に上陸して初めての食事である美味しい鯛めしに感激。それ以上に感激したのは私だったというのは、ここだけの秘密です。

■子供心が甦る?
写真  昼食を終えて、バスはさらに南下し、高知県に入りました。ようやく到着した場所は「竜串海中公園」です。ここは昭和四十五年に日本で初めて海中公園に指定された海域で、沖を流れる黒潮の影響で冬でも十五度以下にならない温暖の地です。さらに造礁サンゴや色鮮やかな熱帯魚が数多く生息。この様子をグラスボードに乗って見ることができますが、最低一時間半の時間を要すため行程からは省いてあります。ところがひとりの女性のお客様が「せっかくここまで来たからにはグラスボートに乗りたいわ」ここで時間を取られたら宿入りの時間が遅れる…「だめです、時間がありません」「イヤだ、絶対に乗りたい」「だめと言ったらだめ」「イヤだと言ったらイヤ、乗りた〜い」年甲斐もなく…もとい子供に帰って駄々をこねはじめるお客様を見かねて「じゃあ三十分以内なら認めます。船頭さんに交渉しますから」すると船頭さんは快くOK。短い時間でしたが、私も一緒に便乗し、四国とは思えない美しいサンゴや熱帯魚観賞を楽しみました。

 竜串海岸を後にして、日暮れ前に最初の宿泊先のあしずり温泉郷に到着。温泉で疲れを癒し、夕食は土佐名物の皿鉢料理を堪能。人口八百人足らずのあしずり温泉郷、波の音しか聞こえない静かな夜が更けていきました。

■年甲斐もなく…
 二日目はあしずり温泉郷から高知方面へ向かいます。まずは足摺岬。ご存知の通り四国最南端の景勝地で、荒削りで巨大な波が砕け散る豪快な断崖絶壁を望むことができます。この日もお天気に恵まれ、足摺岬の灯台をバックに記念撮影。写真が出来あがったとき写真屋さんが「あら森本さん、なんでバカ笑いしているの?」といぶかしげな顔。 写真 実は撮影の際、カメラマンの「みなさ〜ん今日はとても素敵な笑顔ですよ」という声に反応した、私の前にいたお客様の「お世辞を言われなくても私はいつも綺麗なのよ」との呟きが、私の笑いのツボにはまり、一人大ウケしてしまったというわけです。

 自然遊歩道を歩いていると女性のお客様が、皆さんにチョコレートを配っていました。気配りの細やかなお客様だな…すると「違うのよ、私はチョコレートが大好物なんだけど、食べすぎて主人に叱られたのよ」とバツの悪そうな顔。そういえば朝、ホテルのロビーでこのお客様を拝見しました。鼻血を出していたので、具合が悪いのかな?と心配したのですが、取り越し苦労だったようです。でもチョコレートを食べすぎて鼻血を出すなんて、そんな年甲斐もなく…と言ったら身もふたもありませんね、旅行は成熟した大人をも童心に帰す力があるのです。

■小結クラス?
 足摺岬の次は四万十川の遊覧船にご案内しました。四万十川は「日本最後の清流」としてあまりにも有名です。上流はさることながら、下流もやはり水が透き通っていました。遊覧船上での昼食、これも一興です。

 午後は高知市に向かってひたすら三時間半、桂浜で坂本竜馬像を表敬訪問して、二泊目の宿、阪神タイガースのキャンプ地の安芸市に近い、土佐ロイヤルホテルにチェックイン。今話題の海洋深層水のお風呂や温泉で、ゆっくりと疲れを流しました。

 最終日、ホテルを出発後、最初に訪れたのが龍河洞です。龍河洞は一億七千五百万年前に誕生した鍾乳洞で、日本三大鍾乳洞の一つとして国の天然記念物にも指定されています。この鍾乳洞は考古学上、貴重な資料でもあり、洞内の歩道も必要最小限で、お客様は「こんな狭いんじゃ森本さん通れるかしら?」余計なお世話ですと言いたいところですが、正直私自身も心配になりました。中でも「横綱双葉山が通った」という岩の隙間は皆さんの注目の的。「さあ、森本さんは通れるかな?」「相撲取りが通れたんだから通れないわけないでしょ?」私が岩の隙間を横向きに通り抜けた瞬間、お客様から拍手喝采。私はそんなに太ってはいません。「そうだね、でも小結クラスかな」「…」

■横綱VS小結
 次に向かったのが金刀比羅宮。でも七八五段もの長い石段を登る前にまずは腹ごしらえが必要です。香川県といったら讃岐うどん。今回は皆様にうどん作りを体験していただこうと「うどん大学」に入学していただきました。とは言ってもあらかじめ打たれたうどん生地を、延べ棒で伸ばして、包丁で切って茹でるという単純な作業です。私がうどんを作っているのを見て「なかなかうまいね〜」と「うどん大学」の先生からお褒めのお言葉。「あらやだ、森本さんなんで上手なの」「わが家では晩ごはんは私の担当です」「あら、奥様に尻を敷かれているの?」「そういうことですね」「森本さんをお尻に敷くなんて、奥さんのお尻は横綱級ね」勘弁してください、奥さんの耳に入ろうものなら、強烈な張り手を見舞われてノックダウンです、なんせ私は格下の小結なんですから。

 自作の釜あげうどんの昼食後、いよいよ金刀比羅宮への参拝です。「体型的に不自由な森本がハイキングのコースを企画することが滅多にない…」と広言する編集キャップを見返そうと、先月の旅行で山寺立石寺に登ったのに「死ぬ気になれば一度くらいはできる」と認めてもらえず、再度の挑戦となったわけです。金刀比羅宮の年配の男性ガイドさんは「多い時は一日四往復はしますよ」お客様から「じゃあ森本さんもここでガイドさんやったら痩せるわよ」余計なお世話です。 写真 そのお客様、女子中学生の団体が元気に追い越して行くのを見て「ほら私だって若くて軽やかな足取りでしょ」とたった一回だけスキップしただけで腰がギクッ、余計なお世話を焼いている場合ではありません。「全く年甲斐もなく若者ぶるから」私がそう言うと「余計なお世話よ…」

■ただ一人落第
 お参りを済ませてバスに戻ると、車中では「うどん大学」の先生がお客様にうどん大学の卒業証書を配っていました。「私の卒業証書は?」「残念ながら落第です。もっといっぱいお客さんを連れてきたら差し上げます」皆さんと同窓生になれなかった私の履歴書に「うどん大学落第」の一文が追加されました。お天気に恵まれた今回の旅行でしたが、空港に向かう途中だんだん雲行きが怪しくなってきたのは、そのせいかもしれません。
                                          (森 本)
▼2003・3・24.3.28へ

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