■殺気!
今年も冬季閉鎖中だった、立山黒部アルペンルートが全線開通しました。この時期にあわせて企画される人気イベントは、「雪の大谷ウォーク」です。アルペンルートの中心、標高二千四百五十メートルの室堂平から天狗平にかけて、高さが二十メートルにも達する「雪の大谷」と呼ばれる雪の壁ができます。普段はバスの車窓から眺めるだけですが、四月二十日から三十日の期間だけは、実際に歩くことができるのです。年に数回企画している立山黒部アルペンルートですが、添乗員の鑑?である私が、訪れる人を魅了して止まない「雪の大谷ウオーク」を紹介しないわけにはいきません。
当日は好評の豪華バス「エアロクイーンVIP」を使用しました。三列計二十四席のゆったりした空間は快適そのもの、これなら楽にアルペンルートにアクセスできるはず…、と足取りも軽くバスに乗り込もうとした瞬間、私を突如襲う殺気!、「もしや…」と思ったら、私の目の前には、三月に催行したあつみ温泉から最上川をまわり、仙台から飛鳥でクルージングした旅行で一緒だったバスガイドさんが、不穏な笑みを浮かべて立っていたのでした。
■精力強壮ドリンク
「あら森本さん、久しぶりね」私にほほ笑みかける彼女ですが、私には般若の顔に見えます。「この前のお土産、安物ばかりだったわね。こんなところで経費節減?」彼女は三月の旅行でバスから「飛鳥」に乗り換える私に、飛鳥のオリジナルグッズのお土産を強要したのですが、私の心遣いにもかかわらず不満があるようです。「中に入っていたスリッパはいくらしたの?どうせ客室からくすねてきたんでしょ?」「誤解を招くようなこと言うなよ!」正直者の私を盗っ人扱いするとは、ひどい人です。「今回はもっといじめるから覚悟しなさいよ、そのために栄養ドリンクを二本も飲んできたんだからね」そう言って、不敵な笑みを浮かべる彼女を見ていると、私に復讐(?)するために朝からマムシやすっぽん、鹿のツノ、山芋がたっぷり入った精力強壮ドリンクを二本飲み干す姿が目に浮かび、ブルルッと身体が震える私でした。
■天にも昇る美味しさ?
バスはまず長野・善光寺に向かいます。今年は御開帳の年で全国から大勢の参拝者が善光寺に足を運びます。でも私はご開帳よりも信州名物の手打ちそばが目的です。「バスガイドさん、朝からテンションが高いわね」
「ええ、バスガイドの仕事は、気力と体力が肝心ですから。だから健康管理には気をつけています」でも、栄養ドリンクを二本も飲んできたのは、健康管理の見地からではないことを、私だけは知っています。
関越道に入る途中、長野・善光寺へ向かう上信越道で「火災事故発生・通行止め」の表示が出ていました。「しまった、もう少し道路情報を調べておけばよかった…」なかなか通行止めが解除になりません。運転手さんが「これじゃ、少し遠回りしてでも中央道を通ればよかったなあ」「そうすれば、結果的に昼食前に善光寺に到着できたよね」「休憩場所はどうする?」私はガイドさんに聞こえないように声を低めて「当然姨捨(おばすて)サービスエリアでしょう」すると運転手さんも小声で「そうするとこのうるさいバスガイドさんも捨てられるのかな?」「もちろん私が捨ててきます」運転手さんと私は大笑い。そのとき背中ごしに「森本さんお茶をどうぞ」とガイドさん。「気がきくじゃない。やさしいところもあるんだね」「そのお茶には雑巾で絞った水を入れといたから」私達のやり取りをしっかり聞かれてしまったようです。「今度のお茶の時間にはトリカブトでも入れてあげようかしら。天にも昇る美味しさかもよ」
■厄災を祓ってください
少々渋滞はあったものの、通行止めはそのうち解除となり、姨捨サービスエリアを経由する必要もなく、お昼過ぎに善光寺に到着。善光寺御本尊の一光三尊阿弥陀如来は西暦六五四年以来の秘仏のため、鎌倉時代に御本尊の代わりに「善光寺前立本尊」(重要文化財)が作られました。前立本尊は、光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶお姿で、普段は御宝庫に安置されていますが、七年に一度、丑と未の年に一般公開されます。この御開帳の際に拝むと、その功徳は計りしれないと言われ、五十日間の期間中、五百万もの善男善女が訪れるのです。現在私がとり付かれている厄災(女難?)を祓って欲しいとお願いしたのはのは、言うまでもありません。
参拝を済ませ、お昼の手打ちそばを堪能して、バスで宇奈月温泉にある宿へ向かい、チェックイン。明日はツアーのハイライト、雪の大谷を歩く立山黒部アルペンルートです。
■お札にしてください
翌日はあいにくの曇り空。でも一泊二日の行程なので、天候のことをいちいち気にしてはいられません。バスは一路立山黒部アルペンルートの玄関口である立山駅へ向かいます。
元気だけが取り柄のかのバスガイドさん、今朝は少々やつれ気味で、目にクマができています。どうやら昨日の朝飲んだ精力強壮ドリンクが効き過ぎて、眠れなかったそうです。気配り第一の仏の森本は、乗務員さんにも慈悲の心を持って「疲れているならアルペンルート完走はやめとく?」「何言っているの。あなた一人行かせたら何し出すかわからないでしょ。本当は私にいじめられたくないからそういっているんでしょ」「…」カチンときたのは図星を突かれたせいでしょうか「ちぇ、立山のクマが吠えていらぁ」「熊体型のあなたにだけは言われたくないわ」とバトルはヒートアップ…というより子供の喧嘩みたいになってしまいました。「あなたたちまるで夫婦漫才ね、おひねりでも投げてあげようか?」呆れたお客様の言葉に「皆さん、危ないので十円玉や百円玉を投げるのはやめてください。投げるのならお札でお願いします」さすがのガイドさんも呆れて「こんなバカな添乗員には、石でも投げてやってください」
■暴言を吐くガイドさん
バスは立山駅に到着。いよいよ立山黒部アルペンルートの始まりです。バスは回送で一足先に長野県側の出入り口の扇沢へ向かい、私たちはケーブルカーやロープウェイ、トロリーバスなどを乗り継いで完走します。リニューアルされた立山ケーブルカーに乗って到着したのは美女平。バスガイドさんが「空気も景観も素晴らしくて私に相応しいところね」「?」「私は美女だから(美女平)」彼女のこの暴言を山の神様が聞き逃すはずはなく、突然雲行きが怪しくなってきました。やっぱり昨日姥捨サービスエリアに捨ててくればよかった?
美女平から室堂までは高原バスで約一時間の移動。落差三百五十mの日本最大級「称名滝」を過ぎると、高い雪の壁が私たちの目に飛び込んできました。行けども行けども雪の壁、真っ白な世界、異次元の空間に迷い込んだような錯覚を覚えます。
そしてルートの最高地点、二千五百mの室堂高原に到着。早めの昼食を済ませお目当ての「雪の大谷ウォーキング」です。
神々が宿る山と古くから崇められる霊山・立山(正式には雄山)は山岳宗教のメッカとして、全国から多くの登拝者を集めてきました。生息する天然記念物の雷鳥も神の使いの鳥と大切に扱われています。そんな山の神様を、信仰心の乏しいバスガイドさんが完全に怒らせたせいで、雪の大谷の散策ルートは深い霧につつまれてしまいました。「だって本当のことだもん、美女が自分のことを美女といってどこが悪いのよ」と開き直る始末。すると今度は強い雨まで降り出してきました。ガイドさんは傘を持っていないので当然コートはビショ濡れ。「よくいうでしょ、水もしたたるいい女って、美女美女(ビショビショ)よ」彼女の冴えないギャクで室堂高原は一層冷え込み、四月というのに3℃。はぁあ…。
■濡れ衣です!
室堂高原をあとに、立山を貫通するトロリーバスで大観峰へ。この大観峰から黒部平まではロープウェイで一気に下ります。この立山ロープウェイの構造は支柱が一本もないワンスパン方式で、強風のせいか車両が振り子のように大きく揺れていました。でも横揺れ防止装置の役割を果たす「人間フィンスタビライザー」の森本のお陰で、無事黒部平に到着。
ガイドさんが「みなさーん私がご案内しまーす」と先頭を切って意気揚々にロープウェイから降りると、突然の強風が彼女を襲い、前回での山寺でのハプニング同様ズッコケてしまいました。たまたま私がカメラを手にしていたのを見るや「まさか私が転んだ写真を公表する気?」と睨むのです。誤解だってばぁ。ガイドさんがびしょびしょ(美女)だけに、私は濡れ衣を着せられてしまったというわけです。
黒部平の展望台では立っていられないほどの強風。その中でお客様たちと記念撮影。私たち二人は人気夫婦漫才師も顔負けの売れっ子ぶりでした。
■遠距離恋愛?
ケーブルカーで黒部湖へ、そして黒部ダムの上を歩いてトロリーバスに乗り換え、バスが待機している長野県側の出入口の扇沢に無事到着し、回送されたバスに乗って帰路に就きました。
「ねえ、私たち今度はいつ会えるかしら」「さあいつだろうね」これだけを聞けば遠距離恋愛中のカップルみたいですが…。「これ見て」彼女のスケジュール表の七月の欄には「団体名ひろたりあん旅倶楽部様」の文字が…。「今度は栄養ドリンクを五本飲んで待ってるわ」とウインク。私たちの不毛な攻防戦は夏の陣を迎えるのであります。
(森 本)
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