■「今日は何の日?」
二月で桜はまだ早いんじゃないの?」はい、確かに横浜では桜の見頃は四月上旬ですが、
温暖な伊豆には超早咲きの桜もあるのです。
そこで皆様に一足早く春を実感していただこうと思い、熱海の梅とセットにして
こんな企画を立てました。
二月二十三日当日は晴天に恵まれました。
「今日は何の日か知ってるか?」同行したお世話係の川尻が尋ねました。
「今日は『富士山の日』、二二三だろ」つまらない語呂合わせと思いましたが、
確かに青空の中に浮かぶ勇姿は、まさに富士山日和です。
バスは東名道・小田原厚木道を順調に進み、早川を過ぎたところで相模湾の海原が
目に飛び込んできました。遠く伊豆大島までの穏やかな眺望を楽しんでいるうちに、
日本一の早咲き梅で有名な熱海梅園に到着しました。
この熱海梅園は熱海市街から十国峠に至る緩やかな丘陵地、
初川の清流をはさんだ傾斜面に広がる梅園です。
七百三十本の紅梅白梅を配する関東有数の梅園です。
明治の初め、日本には結核患者が多かったことから、当時内務省衛星局長だった
長与専斎が「国民の健康のもとを作るには、温泉と自然を親しむことが第一」と
熱海梅園開設を提唱しました。
なお園内には熱海市ゆかりの彫刻家澤田政廣と作曲家中山晋平の記念館もあります。
熱海梅園は梅時期以外にも、六月中旬には「ホタル観賞の夕べ」が開催されたり、
十二月上旬には「日本で一番遅い紅葉」としても紅葉狩りも楽しめます。
■尊敬されるお世話係とは?
熱海梅園をあとにして、東伊豆の海岸線に沿ってバスは河津町の「河津桜まつり」会場へと向かいました。
晴天ということもあり、海の色がまぶしく、のどかだなあ、としばらく窓の外を
眺めていました、そのとき突然、前ぶれもなく、前方に一本の河津桜が咲いているではありませんか、
次の瞬間、「わー、キレイ」というひとりの女性の感嘆の声、
その声でその桜に気づいた他のお客様から次々に感嘆の声が発せられ、
バスの中は、一時騒然となりました。海の青に河津桜の花の色とのコントラストが
絶妙な美を放ち、その美しさに思わず感嘆の声が出たのでしょう。
不意の出来事だったこともあり、皆さん感動されていました。
実は、何を隠そう、私こそがその河津桜の第一発見者なのです。
お世話係として最前列に坐っていた私が最初に発見したのは当然ですが、
元来シャイな性質の私は感嘆の声を出すのをためらい、
お客様に先を越されてしまったわけです。私があのとき素直に感嘆の声を出していれば、
今回のツアーでの河津桜の第一発見者(?)としてお客様から厚く尊敬され、
お客様に一目置かれるお世話係になれる絶好のチャンスだったのに…。
それを思うと残念でなりません。
■梅ではありません!
河津町は川端康成をはじめ文豪や詩人たちが愛したいで湯の里として、
観光客が絶えることがありません。
河津桜は約五百本もの桜が大輪の花をつけて、河津川岸を淡く染めます。
二月に咲きはじめるのは、地中からの温泉によって外気が温められているからだと
言われています。
「二月に咲くなんて、多分河津桜は実のならない梅の木かもな」
またまた川尻が植物学を否定するような大胆な意見を述べますが、もちろん桜です。
ただ花の色は赤味が濃く梅の花に近いと言えなくもありませんが。
川岸の桜並木と平行して露店が軒を連ね、こちらも多くの人で賑わっていました。
花より団子の私は、恥ずかしながら露店の伊豆の幸につられてしまいました、
いつものことですけど…。
■何事もなく終わったけれど…
河津からバスで四十分ほどで下賀茂に到着。
残念なことにこちらはまだ一分咲きで、賑わっていたのは桜ではなく
地元の名産品を販売している露店でした。
桜がまだ元気がない分、地元の人がそれを埋めるかのように熱心な商売を展開していました。
帰りのバスは中伊豆の天城街道を経由し、河津七滝ループ橋や浄蓮の滝と、東伊豆海岸とは対照的な風景を楽しみました。
バス旅行は無事に終わりましたが、返す返す尊敬を集める機会を逸したことが
残念でなりません。 (森 本)
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