■少し憂鬱な幕開け
春たけなわ、暖かい陽気になりいよいよ行楽シーズンです。旅行業界にとっては待ちに待った季節ですから、たくさんのツアーが百花繚乱のごとく出まわっています。わがひろたりあん旅倶楽部も、皆様の旅心を満足していただけるよう、日々研鑚を重ねていますが、四月の国内旅行といったらどこの旅行会社も判で押したように桜鑑賞のコースばかり、芸がないといえばその通りですが、日本人にとって桜は特別な花、人気が高いのです。当旅倶楽部も安易(手抜き?)ではありますが、桜鑑賞ツアーを連続で企画しました。
先日「日本一吉野山千本桜」三日間のコースをご案内して、一週間もたたない間に「高遠の小彼岸桜と更埴のあんずの里」の催行です。このところ「ツキ」に恵まれている私は根拠もなく「この高遠の小彼岸桜も見頃だぞ」と、確信してしまうほど調子に乗り過ぎている始末ですが、一つだけ憂鬱(?)なことがあります。実は前回の旅行記で紹介した自称「おばたりあん」バスガイドMさんの連続ギャグ攻撃で、また今回も寒い思いをしなくてはいけないのかと思うと…、添乗員は結構つらい職業なんです。
■過激な大阪夫婦漫才風
催行当日、重たい足(重たいのは足だけか?)を引きずってバスに乗り込むと、朝のあいさつ早々に、早速「なんだまたあんたなの」と軽いジャブが飛んできました。「なんだよ、またMさんかよ。またつまらないおばたりあんギャグに耐えなきゃいけないのかよ?」「うるさいわねこのアンパンマンめ」笑顔のままでこの毒舌…手ごわい相手です。
とまあこんな調子でMさんと、過激な大阪夫婦漫才風にお互いを攻撃しつつ(お客様からは「あなた達は仲がいいのね」とお褒めの言葉をいただきましたが不本意です)ご案内しながら、バスは一路中央高速をひた走り、小彼岸桜で名高い高遠町へと向かいます。
高遠は七百年来の歴史を持つ山裾の古き城下町で、内藤家三万三千石の所領として、明治維新に至る間、伊那谷における政治の中心地として栄えていました。また高遠は全国で稀に見る名桜の地として名高く、よくツアーの広告では吉野山千本桜を「日本一」とうたうのに対し、高遠の小彼岸桜には「天下一」という冠がつけられます。「どっちが偉いんですかねぇ」ベテランのMさんに質問すると、「訳のわからないこと言ってないで、早くお弁当を配りなさいよ」
バスが高遠城址公園に到着するや否や、私を含めた車内の一同が一斉に息を呑みました。城址公園がピンク色の屋根に覆われたかのように、小彼岸桜は今まさに満開。天気は薄曇りでしたが、暑くもなく寒くもない陽気で快適なお花見を楽しんでいただきました。桜ごしには中央アルプスがそびえ、南アルプスが白銀に輝きながら連なる大パノラマは、私の貧弱な表現力では描写のしようもないほどの美しさでした。
■ベテランガイドの秘密兵器とは
お花見を堪能した一行は、高遠城址公園を後にして宿のある信州松城温泉へと向かいます。バス車中、ガイドのMさんが「皆様お弁当も食べ、たくさん歩いたのでさぞかし眠いことでしょう。眠気覚ましに何かしましょうか?」と彼女のカバンの中から「これが秘密兵器なの」と一本のカセットテープを取り出しました。カラオケでも始めるのかと思ったら、なんと漫才のテープ、まさにおばたりあんの面目躍如です。ところがこのテープが流れるや車内は大大爆笑。一体どんな内容かって?それは秘密です。ひろたりあん旅倶楽部のバス旅行でしか聞けませんので、興味ある方は是非一度ご参加ください。私とMさんとの過激な大阪夫婦漫才も聞けますよ(少々宣伝)。
■捨てていかないでー
中央高速を快走中、お客様にそろそろお手洗い休憩をご案内すべく、運転手さんに「次のサービスエリアで止めてください」と言うと「森本さんも残酷なことをいうね」とMさん。「?」「次のサービスエリアは姨捨サービスエリアだよ」要するに「姨捨」だからおばたりあんバスガイドMさんをこのサービスエリアに捨てていくのか…ですって。「私を捨てて行かないでー」お客様に大ウケしていたことは紛れもない事実です。
■大トラ出現!
「姨捨」サービスエリアで休憩した後、おばたりあんバスガイドMさんを「捨てて」いくこともなく、今晩の宿泊先のホテルのある松代温泉へ向かいました。松代温泉は信州の小京都と呼ばれ、真田藩ゆかりの武家屋敷や史跡など、いまも城下町の面影を残しています。また戦国時代の乱世を生き抜いた武田信玄や上杉謙信の戦いで名高い川中島古戦場も近くにあります。
チェックイン後、夕食会場の和宴会場へご案内し、お客様の夕食のお供をしていると、フロントから内線電話があり「お客様が一階のレストランでお待ちです」とのこと。「あれおかしいな一階のレストランには案内していないのに…」と思いながら早速一階のレストランへ向かうと、そこで待ち構えていたのはお客様ではなく名物バスガイドのMさんでした。
「おーいこっちだよ」と声高らかに私を呼ぶMさんはもうすでに「大トラ」に大変身。先週も三日間一緒だったのですが、こんなにべろんべろんに酔っ払ったところを一度も見たことはありません。Mさんいわく、「先週のホテル『ザ・リッツカールトン大阪』は豪華すぎて緊張して落ちついて飲めなかったのよ」と、旅行業界人にあるまじき、今夜の宿を見下すような発言。「物がわからない男だなあ、アットホームでくつろげるとほめてるんだよ」
■想像しないでくださいね
それからは「大トラ」にからまれたり抱きつかれたりでてんやわんやだったのですが、タイミングよくお客様からの呼び出しがあり、命からがら(?)宴会場へ逃げ戻りました。もっともそのあとすぐにまた「大トラ」バスガイドの部屋にまで呼び出され、いったい何があったかはご想像におまかせします…と言いたいところですが、ご想像しないでくださいね。
翌日はゆっくりの出発でしたので、大半のお客様は松代の武家屋敷や史跡など朝の散策を楽しまれたようです。
■ツキは少し残しておこう
バスはホテルをあとにして、栗の郷「小布施」へ向かいました。この有名な小布施の栗栽培は室町時代からすでに始まりました、千曲川が流れる肥沃な沖積土と松川がもたらす酸性土壌の扇状地が、栗を栽培するには最適なのだそうです。江戸時代には将軍家へも献上され、小布施の栗は全国的に名を馳せたのです。小布施にはまた、日本唯一の北斎の肉筆画を展示してある「北斎館」があり、屋台天井絵の怒涛図は時代を経た今も美しくも妖しいその魅力で、見る人を惹きつけます。そんな小布施の街で自由散策の時間をとり、昼食は小布施らしく「栗おこわ」にしましたが、お客様の評判も上々でほっとしました。
昼食を済ませ、バスは更埴のあんずの里へ向かいました。昨日の高遠の桜は満開でパーフェクトだったのですが、残念なことにあんずの花は散り始めで、画竜点睛を欠く結果となりました。高遠の小彼岸桜と更埴のあんずの両方ともセットで満開なんてことは、ほとんどありえないと地元の人の声。今年の桜の開花はかなり早めだそうですが、それでも間に合いませんでした。更埴の町を賑わせていたのはあんずの花ではなく、われわれを含めた観光客とそれを相手にしているお土産屋さん。物事すべてパーフェクトに進んだら、その反動がコワイし、次回のためにツキを少し残しておこうと、自分を慰めるのでした。
■「背中を流してもらおうかな」
帰路の途中、車内で「次回の企画はベトナムクルーズです」とお話したら、大トラおばたりあんバスガイドのMさんが「このバスでベトナムへ行こうよ」「…」よほどひろたりあん旅倶楽部が気に入ったのでしょうか。「ベトナムもいいけど岐阜県の川湯温泉の企画してよ」Mさんのために旅行を企画しているわけではありません!彼女いわく川湯温泉は「混浴」の温泉として有名で、以前別のツアーで他の乗務員さんと添乗員と一緒に、何度か入ったことがあるそうです。「背中でも流してもらおうかな」「…」あーあそんなコースを企画したらMさんを密着お世話するハメになるんだろうな…冴えわたった春の空が、私の心をブルーに染めていく中、バスは無情にも快適に中央高速を走っていきました。
(森 本)
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