■ひろたりあん通信旅行版
7月15日〜7月17日
「京都祇園祭・山鉾巡行と淡路花博ジャパンフローラ2000」
■汚名挽回ツアー
写真  私が企画する旅行はどうも花に恵まれないようで、3月の身延山のしだれ桜も固いつぼみの状態だったし、 実相寺の「らっぱ水仙」も「にら」みたいだと皮肉をいわれ、砺波のチューリップでも例年よりも開花が大幅に遅れ、 「花紀行」どころか「野菜観賞ツアー」になりかねない体たらくでした。 汚名返上に相応しい企画はないかと、アンテナを張り巡らせていましたが、探せばあるもんですね。 ちょうど淡路島で「淡路花博ジャパンフローラ2000」が開催しているのです。 「ここなら花に裏切られることはないだろうな、世界中の花が観賞できるなんてそう機会がないし、 震災復興のお手伝いにもなるかな」と安直に考えた企画なので皆様の反応はどうかと一抹の不安もあって 「どうせ花にこだわるのなら華やかな企画にしよう」とたどりついたのが、 華やかで美しい「動く美術館」とも言われる京都の祇園祭の山鉾巡行の観賞とセットにするという企画です。

■命をかけて参加?
 バス旅行も二十回以上催行しているのですが、関西方面、特に瀬戸内海を渡る長距離バス旅行は初めてです。 それにもかかわらず、バス酔い癖のある「命知らず」なお客様も参加していたのです。 私は合間を見てそのお客様にバス酔いなんて気分次第ですよ、と「暗示」(洗脳?)をかけ続けました。 だってまだ高速道路に入る前から、世も終わりのような青ざめた表情で「まだ明治村に着かないの?」と言う始末。 命がけで参加してくれるなんて企画者冥利に尽きますけどね…、 「いつリタイヤするのかな?」と私の不安をよそに、バスは東名道を西へと向かいました。

■洋風味噌カツ丼?
写真  東名高速の終点の小牧ICを経て、最初の目的地愛知県犬山市の博物館「明治村」に到着しました。 この「明治村」は言うまでもなく、明治時代の建築物や鉄道を保存または再現しており、 その数は約八十点以上あるとのことです。それよりも私は早朝から食事をしていなかったので、 レストランを探していたところ、ちょうど洋食レストランから出てきたお客様から 「あそこの味噌カツ丼はおいしかったから森本さんも食べたら?」と教えていただきました。 「あれ?味噌カツ丼って洋食だっけ?でも名古屋が誇る名物だからなあ」と半信半疑な気持ちでレストランに入り、 メニューをみてもどうしても味噌カツ丼は見当たらないのです。店員さんに尋ねてもないと言うし… おかしいなと思ったそのとき脳裏を閃くものがあり、その疑問は解明したのです。 そのお客様はカツにかかったドミグラスソースをどうやら味噌カツ丼の「八丁味噌」と勘違いしていたようなのです。 疑問が氷解した私はお客様から勧めていただいた洋風八丁味噌(?)が たっぷりかかった「ハヤシライス」を食べました。

■私は森本です
 明治村をあとにして1日目の宿泊先の長浜ロイヤルホテルへ向かいました。 ホテル周辺には豊臣秀吉公が最初にお城を築いた「長浜城」があり、目の前は琵琶湖を臨み、 お客様の大半は夕食前の周辺の散策を楽しまれておりました。
 2日目は淡路花博・ジャパンフローラ2000の見学ということで名神道・中国道・ そして明石海峡大橋を渡って、会場に到着しました。当日の天候は快晴。気温は三十五度程度あったとのことです。 初めてひろたりあん旅倶楽部の旅行に参加された方から「森本さん、これで雨男の汚名返上だね」とのお言葉。 実はこの方に出発時に「ああ、あなたが雨男さん」とも言われ 「そうか、森本の名前よりも雨男という方が有名なのか」と、ちょっぴり複雑な気持ちに見舞われたのでした。

■気がつけば船上の人
写真  花博会場のある淡路島は瀬戸内海性気候(地理で習いましたね)の影響で、夏は雨が少なく、 日差しがとても強いのに加えて、花博会場はとてつもなく広いので、 皆さんが日射病にならないかとの心配はあったのですが、皆さんを残して、 私は一時間程度の「明石海峡大橋クルーズ」を楽しみました。 無責任とか、職務怠慢とか、私を責めないでください、 なんせこの体型なので暑いのはどうも苦手、涼を求めて夢遊病者のようにさまよって、 気が付いたら船上の人になっていたのですから。 お客様にこの素敵な「クルーズ」のご案内をウッカリ忘れてしまったのもこのクソ(失礼)暑さのせいです。 この場を借りてお詫びします。 でも岸壁を離れると心地良い潮風が私を正気に戻してくれました。今までの暑さがうそのように吹き飛び、 ようやく活力が沸いてきました。これでまたお客様のお世話ができそうです。

 バス出発の時間になり、皆さんずいぶん日焼けされたご様子。もちろん私も真っ黒(真っ赤)に焼けました。

■なにわの町でフラメンコ
 この日の宿泊先は大阪を代表するシティホテル「リーガロイヤルホテル」で、夕食は自由食でした。 皆さんは、安直な私のことだからお好み焼やたこ焼の夕食だと思うでしょう。 実は上品なお客様数名と、地中海料理とフラメンコが楽しめるホテルのレストランで夕食を楽しませていただいたのです。 お笑いの町大阪でフラメンコなんて、案外粋でしょう?私も案外見かけによらないでしょう?

■「あとの祭り」とは…
 最終日はこの旅行のメイン「祇園祭・山鉾巡行」です。山鉾はまさに「動く美術館」ともいわれるほど豪華絢爛で、 芸術のセンスに乏しい私でも息をのむほど素晴らしいものでした。 ちなみにこの七月十七日の山鉾巡行が「前の祭り」と呼ばれるのに対して、 最終二十四日の還行の行事が「あとの祭り」で、鉾車も出ず、地味で寂しく、 間違ってこの日に見物に行くと期待を裏切られるのですが、悔やんでみても「あとの祭り」というわけで、 「あとの祭り」という言葉の語源はここにあるそうです。

■私って超能力者?
写真    実をいうと、このお祭りには大きな不安があったのです。 祇園祭がはじまると京都は夏本番、盆地なのでとても暑いし雨はほとんど降らないとのこと。 「せめて雲がかかってくれないかなあ」とお客様の体調を気遣う私の願いが通じたのか、 最初の山鉾が観覧席の前を通る頃太陽が雲に隠れ始め、涼しい風が吹きはじめたのです。 「私って超能力があるのかな」とご満悦の態でつぶやいたら、 「何言ってんのよ。森本さんがあまりにも暑そうだから、私達みんなで雨乞いをしたのよ」 要するにお客様の念力が天に通じたということのようです。 現に二時間三十分程の山鉾巡行が終了しバスに戻った途端、再び日差しが強くなりました。

■私って催眠術師?
   京都をあとにし高速道路を一路横浜青葉ICへ。 そう言えばあの「バス嫌い」にもかかわらず参加された命知らずのお客様はどうなったかって? なぜか乗物酔いすることもなく、無事に三日間の行程をお付き合いいただきました。 「どうせ酔うなら乗物ではなく、ご自身の美貌に酔ってください」という私のジョークは通じなかったようですが、 「バス酔いはその人の気の持ちよう」という私の暗示(洗脳?)は通じたようです。 超能力は使えなかったけど、催眠術師の素質はあるのかな、そんなバカなことを考えているうちにバスは横浜に、 三日間の旅は終わりを告げたのでした。  (森 本)
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