■ひろたりあん通信旅行版
1999.8 「上高地への誘い」
kitaalps.jpg 7月より新しく始めた『ひろた日帰りバスツアー』、「ご町内までご送迎」をキャッチフレーズに、気軽に参加できる旅の企画に、予想以上の反響が舞い込んで正直驚いている。この企画をさらに積極的に進めようと新たに設けたのが、この新広報紙『ひろたりあん通信WITHビタミンママ』の「旅行版」なのである。ひろたのお世話係による、前月のバスツアーの同乗記と、翌月のバスツアーのご案内で、1ページがきれいに収まる、マス目を埋めることに常に頭を悩ましている編集担当としては、安易とは思えど、はなはだグッドなアイデアではないかと、人知れず「ご満悦」の態であったが、何のことはない、8月のバスツアーは、もろもろの理由で見送り、そうとなればこの(無能編集者にとっては)広大なスペースを何をもって埋めればいいのか、第二回目にして早くも剣が峰に立たされるハメに陥っているのである。しかたがないので、思いついたままに旅について書いてみようかと思う。

 学生時代、旅を趣味としていた。周遊券を片手に、鈍行列車を乗り継いでは、ユースホステルをハシゴした。貧乏旅行ではあったが、ただひたすら日本列島を東奔西走することに、えもいわれぬ満足感を浸っていた。

 結婚して一家を構えるようになってからは、そういう旅ができなくなった。家族旅行は、わが家という「点」と、あらかじめ決められた目的地という「点」との移動であって、移動のための時間は短ければ短いほどありがたいから、より直線的なものになる。感動とか、思い出とかは、例外はあれ、移動先の「点」の周囲に限定される。若いころの無目的な旅は、初めて鉛筆を握る幼児が描いたような、たどたどしい曲線のようではあるが、振り返ってみるとその軌跡は、感動に縁取られていると言ったら大げさすぎるだろうか。

 だからといって、そういう旅を今一度してみたいと思っているほど、分別がないわけではない。ただ懐かしがっているだけである。社会人として、あるいは一家の主(と当人は思っている)としては、自由や時間を濫費することは許されていないのである。そうであれば、若いときに満喫した「曲線上での感動」を、再び経験できないのかというと、そうではないように思う。そのキーワードが「車窓」ではないかと思うのだ。

azusa.jpg テレビ朝日のミニ番組に『世界の車窓から』というのがある。世界各地の列車の車窓から捉えた、その地の風景、風俗、生活が毎回紹介され、自分も旅をしているような疑似体験ができる心地よい番組である。夏には山の匂いの濃い青葉をながめる、秋には稲刈り前の黄金田をながめる、「車窓」からの何気ない風景の中には、人間の情感に訴える何かがある。だから、私は旅をするなら列車かバスの旅がいい。飛行機では雲しか見えないし、マイカーでは、ハンドルを握る者としては、「車窓」にうっとりしているうちに、うっとりしたまま目的地が天国に変わってしまっていた、ということにもなりかねない。走る列車やバスの高い窓から移り変わる景色が、旅行における「もうけ物」だと思う。  ああよかった、ようやくバスツアーに話がつながった、正直ホッとしているのである

taisyo.jpg 今回のバスツアーは「上高地」、若いころ私も訪れたことがある。カラマツの林の向こうに聳える明神岳と穂高連峰の偉容、手が切れるように冷たい梓川の清流と、その上を渡る小さな吊り橋の河童橋、水面に立ち枯れた木が印象的な美しい大正池…。美しい自然の中に立つと、人はその中に溶け込んでしまいたいという欲望が生まれるものだ。なのに、どうしても溶け込むことができないのは、そこに自分が生活を持っていないからかもしれない。旅人は常に「よそ者」なのである。でも逆に言えば、「よそ者」だからこそ、感動があるのであって、そこで生活する者が自然にいちいち感動してたら、疲れてしょうがないだろう。

kamikouti.jpg それから、上高地までの「車窓」もぜひ楽しんでいただきたい。沢渡から手掘りの釜トンネルを抜ける梓川沿いの山道、バスの窓から見る景色は、まさに「もうけ物」だと思う。

 しかし、あれほど清冽な感動を受けた上高地なのに、長い年月を経るうちに記憶がかなりが薄れてきているのは寂しいものだ。歳はあまりとりたくないが、齢を重ねることで若いころは見えなかったものが見えるようになることもあるはずだ。「今回は私をお世話係にしてくれませんか?」そう志願すると、「お世話係は、川尻と森本に決まっている。行きたかったら自腹を切れ。」とつれないわが上司様。でも、上高地なら自費で参加してもいいかなあとも思う。その際は、川尻、森本をこき使ってやる。
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